FGかふぇ

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『鹿の王 水底の橋』の感想とタイトルの考察【上橋菜穂子】

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人ってのは、良い言い訳が見つかると逃げたくなる生き物だ。それでいて、逃げることは後ろめたいもんだから、いつの間にか言い訳を鉄壁の理屈に祭り上げちまう。神さまがこういう存在を生んだから、なんて言われたら、そこですべてはどん詰まりだ。医術師に、そんな口実与えてどうするんです?

(引用:鹿の王 水底の橋 P249/上橋菜穂子)


2015年本屋大賞第1位の上橋菜穂子の『鹿の王』。その続編である『鹿の王 水底の橋』を読んだので感想を語っていく。水底の橋はすでに文庫本が発売されたので前作を読んだ方は是非この続編を読んでみては?前作とは違った感動がまっているはずだ。(写真はハードカバーの表紙。個人的にはコッチのほうが好き)
感想はネタバレありなので未読の方はご注意を。


目次

感想

前作のヴァンたちの存在が気になりつつも登場はせず、ホッサルがメインのストーリー。


患者の全体を見る清心教医術と、患者の身体の内部を見るオタワル医術。そして死への考え方など、相反する意見をもつ両者。

歩いてきた道は違うけど、辿り着いた先は同じっていう感じね

(引用:鹿の王 水底の橋 P103/上橋菜穂子)


しかし上記のセリフのように、異なる診察の仕方で同じ病気を導く。このときは漠然と「2つの医術を合わせればより確実かつ、医術の発展に繋がるんだろうな。でも考え方がまったく違う以上それは難しいんだろうな」思っていたが、まさか物語が2つの医術の架け橋を作るような終わり方になるとは思わなかった。とってもスッキリした。ミラルがいいキャラしてる。


ホッサルひとりを主人公に置くとこによって医術についてピックアップされているので前作『鹿の王』よりもアクション要素は薄いが、民族間での医術や文化の違い、死についての考え方などファンタジーとは思えないほどリアルに展開されていた。安定の上橋菜穂子クオリティ。


個人的には、P246-249あたりのオタワル、清心教お互いの医術に関する信念を討論しているあたりがたまらなく好き。ホッサルがひたすらにカッコいい。


また土毒の事件についてのミステリ性など前作にはない面白さが詰まった一冊だった。

──『水底の橋』の意味を考える

サブタイトルになっている『水底の橋』。これだけ見ると橋の話がメインになっているのかと思うが、橋に関する話は少ない。


しかしミラルの父が語る『水底の橋』の話はとても印象的だった。

「ある橋のな、 欄干から身を乗り出して川を見下ろした時、どきっとした。川底に長く横たわっているのが見えたんだ。── 沈んだ古い橋の、橋桁だった。
どれほど昔に沈んだのか、泥をかぶって、緑の藻に覆われていてな……それでも、川底を横切ってずっと向こうの対岸まで繋がっていた。橋だった頃の姿を残して、水底で繋がっていたのがな、いまも忘れられん」

(引用:鹿の王 水底の橋 P265-266/上橋菜穂子)



この『水底の橋』の存在が、物語上の様々なコトを暗に示しているように思える。


自然(川)に負けて沈んだ橋が、自然(病)に勝つことのできない医療技術を表しているようにも思える。そう思うと橋(医療技術)が様々な自然(病)に勝とうなんていかに無謀な話なのかよくわかる。


また、先程の引用より前の部分では水底の橋ではないが、橋について他にも面白いセリフがある。

「初めから、増水したら沈むのを想定して造る橋だ。流木などがひっかかないように欄干も造らん。なるべく流れに逆らわんように造って、橋桁の水没どころか、壊されて流されるのも覚悟の上で、なんとか橋脚だけは残るようにする、そういう橋だ」
《中略》
「下手に頑丈な橋を造って、大水のとき、橋に大量の流木が引っかかって堰のようになっちまうと、行き所がなくなった水が溢れて周囲の田畑を水没させてしまう。橋が頑張ってないで素直に流れてくれた方が、助かる場合もあるわけだ。自分が流れるか、周りを流すか、どっちをとるか、だな」

(引用:鹿の王 水底の橋 P264-265/上橋菜穂子)


この沈下橋の話が、オタワル医術と清心教医術の違いに近いものがあると思った。


頑丈な橋を目指すオタワル医術
沈下橋的な考え方に近い清心教医術


つまり
死を最後まで諦めることになく生きることにこだわるオタワル医術と
死を受け入れどう最後を迎えるかを考える清心教医術


相反する両者の考え方が、橋の構造に例えられているように思った。そう仮定すると物語で出てきた水底の橋は花部流医術を表しているように思える。

どれほど昔に沈んだのか、泥をかぶって、緑の藻に覆われていてな……それでも、川底を横切ってずっと向こうの対岸まで繋がっていた。橋だった頃の姿を残して、水底で繋がっていたのがな

昔に沈んだ橋。にもかかわらず途切れることなく、橋の姿を残したまま川底を対岸まで繫がっている。


この『水底の橋』は頑丈な橋と沈下橋の二つの性質をもっている。つまり、オタワル医術と清心教医術の両方に近い性質をもつ花部流医術だという考え方ができるのではないだろうか。


そして昔に沈んだ、という部分は、花部流医術が清心教医術の元になっていた、という事実について示していることの解釈ともとれる。

最後に

ほぼほぼ一気読みしてしまうくらい、熱中できる物語だった。『鹿の王』は私が初めて触れた上橋菜穂子作品だったゆえにとても思い入れのある物語だったのだが、その続編が読めてとても満足している。


ホッサルたちの続編が読めた今、次はヴァンたちの今後が気になるわけだが……それはじっくりと待ちたいと思う。



【オススメ】




『数奇にして模型』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】


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自分は、どこまで一つだろう?
生きていれば一つなのか?
生きているうちは、どうにか一つなのか?

S&Mシリーズ第9段!森博嗣の『数奇にして模型』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


感想

2つの密室殺人と、表紙に書かれているどこまでが”一つ”なのかという疑問。2つの見どころがある。


相変わらず森博嗣作品は、要所要所に挟まれる哲学チックな描写がたまらなく面白い。『クリップ』とか『正常と異常の違い』、そのうちの一つが犯人の思考と結びついてる。すごい伏線だこと。


『作っている最中にだけ所有できる実感』は大御坊が物語の序盤にインタビューで語っていた。犀川がその思考について触れたときそのインタビューを思い出して、もしかして彼が犯人なのか?って勘違いした。まぁ同じような思考の持ち主はたくさんいるよね、浅はかだった。


寺林の語る動機は常人ではけっして理解できるものではないが、犀川の語る推理を聞くと、こんな思考の人物もあり得るのか、と納得できてしまうのも面白いところ。

──真実はブラックボックス

物語の中では、寺林が犯人で終幕する。しかし寺林が犯人だと説明のつかない箇所もあり読者の判断に委ねられている部分がある。


中盤(P401)に真実を知っているかのような謎の多い手紙が登場する。物語の中では、萌絵に手紙を渡すように、寺林が紀世都に頼んだのではないか?と推測されていた(つまり手紙を書いたのも寺林)。


しかし本当に手紙を書いたのは、筒見紀世都だと思う、『メスからオスが生まれる』の発言も手紙の内容と一致する。この思考に関しては寺林も有識者だが、エピローグのシーンで鉄道模型の建物の中に、手紙通りの人形を配置されていたのが発見される。それができたのは紀世都しかいなかったように思える(教授も紀世都が作ったものだと言っていたし)。


タイミングとしては、手紙を渡したあとに人形を仕込んだのかな。紀世都は家に帰ったのに教授とも顔をあわせていないようだったし。


曲者なのは、手紙には「首を切った男」であり誰であるかが明言されていないことにある。明日香の首を切ったのが寺林か紀世都かはわからないけど、裏で手をひいていたのは紀世都のように思える。


【オススメ】




『コーヒーが冷めないうちに』感想:過去は変わらない、だけど…【川口俊和】

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川口俊和の『コーヒーが冷めないうちに』を読んだ。コーヒーを淹れて冷めるまでのわずかな時間だけ過去にいける不思議な喫茶店は、これからを生きる活力を与えてくれる素敵な物語だった。以下ネタバレありなので未読の方はご注意を。

感想

──未来はこれからの自分次第

登場人物たちの「前向きになって生きよう」という気持ちに心打たれるとともに、自分もこれからの未来をがんばって生きようと思える一冊だった。


タイムリープ系の物語って『過去に戻って何かをすることで、現在の状況を打破する』というのが一般的……というか、よくあるパターンだけど、『コーヒーが冷めないうちに』の面白い点は「過去に戻ってどんな努力をしても現実は変わらない」と何度も強調されていることだ。


しかも過去に戻ったら、席から動けなかったり、制限時間が短かったり、その喫茶店に訪れたことがある人にしか会えなかったり……と制約が多い。そんなんじゃあ過去に戻っても意味ないのでは?と思ってしまうが、ところがどっこいそれでも色鮮やかに物語は展開していた。


『過去はどうしたって変わらないけど、未来は自分次第で変えられる』
至極当たり前だけれども見過ごしがちなこの事実。『コーヒーの冷めないうちに』はこの事実を読者に語りかけてくれている。


登場人物たちは、変えることのできない過去(アメリカに行ってしまう恋人や、死んでしまう妹)に触れることで、これからの未来を良い方向に生きようとしようとする。


物語の中では『過去は変わらない』と主張されているが、正確には大きな流れは変えられないけど、手の届く範囲の小さい流れなら変えられるだと思う。恋人がアメリカにいってしまう事実は変わらないけど、喫茶店内で話す内容だけなら自分の対応しだいで少し変えられる。


妹がこのあと交通事故で死んでしまうことは変えられないけど、過去に行くことで逃げてばかりではなく、妹ときちんと向き合うことができる。


「あのときあぁすればよかったなぁ」という小さな流れを修正するだけで、人のこれからの生き方はこんなにもいい方向に変わるんだなぁと思えた。


人は、何かのきっかけで変われる生き物だ。ほんの少しだけれども過去に行ってやり直しができるなら、それはこれ以上ないきっかけになると思う。


私は過去に行くことはできないけれども、『コーヒーが冷めないうちに』を読めたことで、登場人物たちと同じように前を向いて生きようとする、未来を生きる活力をもらえた気がする。

【オススメ】




『謎解きはディナーのあとで』の感想を好き勝手に語る。キレ者執事の軽快なミステリー【東川篤哉】


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軽快なテンポと本格推理が癖になる、東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』の感想を語っていく。

感想

個性的なキャラクターたちが軽快に活躍していて読みやすい。その上、ミステリーの内容はとても凝っていて心地よい読了感だった。


シリーズ1作目は6話構成でページ数は300ページ強と1話あたり50ページほどしかないのだが、そうは思えないほど作り込まれている気がする。


『犯人は誰なのか?』『どんなトリックを使ったのか?』に特化してたのが印象的。犯人の細い動機などは必要最低限、さらに解き明かした推理を披露して犯人を追い詰めるのがミステリーの象徴的な場面であるが、『謎解きはディナーのあとで』ではその場面がばっさりカットされてるのが珍しいなと思った。


そのおかげで犯人の重苦しい動機を聞く機会がないので、謎解きに特化したスピーディーな読み口を与えている。(犯人が動機を語ろうとしたところを、「明日取調室で聞くから辞めてくれ」と遮ったところはさすがに笑ってしまった)


『謎解きはディナーのあとで』は、宝生麗子が影山に事件の様子を伝えて、その情報のみで影山が華麗な推理を披露する所謂、『安楽椅子探偵』と呼ばれるジャンルのミステリー形態。


そのため、読者は探偵と同じヒントを元に推理を迫られる。麗子を小馬鹿にしたような影山の台詞が推理開始の合図なわけだが、それまでにわからない事が多過ぎると「今までのヒントだけでわかるのか!?」と思ってしまうが、影山の論理的でヒントの点を線で結ぶ推理には舌を巻かれる。


前述したが、一つひとつの事件が約50ページと短いだけに、解けそうで解けない……わかりそうでわからないはとても悔しい。そして推理を聞かされてみれば、「確かに…なるほど…!」と納得できてしまうのがまた悔しい。


普段ミステリーを読まない方にも親しみやすく、そうでない方でもしっかり推理を楽しめる一冊だった。

【オススメ】




『ストーリーセラー 〜StorySeller〜』の感想を好き勝手に語る。

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新潮社出版の短編集、『ストーリーセラー 〜StorySeller〜』の感想を語っていく。この短編集は伊坂幸太郎、近藤史恵、有川浩、米澤穂信、佐藤友哉、道雄秀介、本多考好の7人の作家で構成されている。


表紙にある通り『読み応えは長篇並 読みやすさは短篇並』で、好きな作家さんのお話を楽しむもよし、初めて読む作家さんの作品と出会うのもよしの一冊になっている。ネタバレありなのでご注意を。


目次

感想

──首折り男の周辺/伊坂幸太郎

伏線の張り方はさすが伊坂幸太郎って思える短篇。
・いじめられている少年
・疑う夫婦
・間違われた男
3つの視点からなるストーリーを数十ページで綺麗にまとめていた。


疑う夫婦からみる隣人がはたして、小笠原なのか大藪なのか考えながら読んでいたけど完全に騙された。


最後「ごめん、幽霊って、いるのかも」で締めているのも好き。


──近藤史恵/プロトンの中の孤独

自転車の漫画はいくつか読んだことあるし、私自身もクロスバイクに乗るくらい自転車は好きだけど、自転車をメインにした小説は初めて読んだ。


面白いかったなぁ。外国で経験を積んだ赤城と、山で天才的な走りをする石尾。チームで浮いている二人が活躍する様子は読んでいてスッキリするし、なんだかんだいってもチームに貢献する走りをした石尾がカッコいい。


タイトル『プロトンの中の孤独』、プロトンの意味は終盤に明かされている訳だが、『大集団』という意味らしい。『大集団の中の孤独』と深いタイトルだなぁ。


この短編で完結しているけど、まだまだ続きが読んでみたいと思える話だった。


──有川浩/ストーリー・セラー

感情のジェットコースター。甘いところは、とことん甘く、切ないところは、とにかく切ない。約100ページでこの感情の落差を味わせられるんだからすごい。


初っ端から残酷な設定を叩きつけられて、ハッピーエンドは難しいってわかっているけど、二人の仲睦まじい様子をみていると感情移入せずにはいられない。


彼の最初の強引すぎる行動はちょっと引いてしまったけど、それ以降はとことんカッコよく、彼女に真摯に向き合う理想ともいえる男性だった。


冒頭に彼女が病気になってしまうという未来が明かされているから、幸せな方向に進んでいくにつれて、この現状が崩れ落ちてしまうのか……という、やりきれない思いがフツフツと浮かんでしまう。


しかし、彼女に降りかかる仕事関係のストレス、家庭環境など、読んでいて辛ぎて精神が参ってしまうのも納得してしまった。唐突な病気の展開ではなくて、筋の通った病気の展開……というのも変な話だが、とにかく違和感を感じることなく物語にのめり込んでいた。


だからこそ最後の数ページ、とくに彼女からの手紙が刺さるものがあった。


──米澤穂信/玉野五十鈴の誉れ

名前はよく目にしてたけど初めて読んだ作家さん。言い回しとか難解なものも多かったけど、物語の展開が気になりすぎてどんどん読み進めてしまった。

それになにより、わたしはお祖母さまを説得できるとわかった。お祖母さまは決して逆らい得ぬ絶対の王ではなかったのだ。一度の抵抗が成功したいま、二度目、三度目があり得ないことではない。己の器量で運命を切り拓いたわそんな高揚感にわたしは酔った。
本当に幸せだった。

つまりわたしは、まだお祖母さまのことをよく知っていなかったのだ。

(引用:ストーリーセラー P305)

ここの絶望感ハンパがなかったな……。
そして『始めちょろちょろ、中ぱっぱ。赤子泣いても蓋取るな──』


最後に意味が分かるとゾッとする。
どう考えても、赤子とお祖母さまに手を出したのは五十鈴だよなぁ…。


途中、五十鈴の気持ちがどちらに向いているのか分からなかったけど、純香が軟禁されている間もずっとなんとかして助け出す算段をたてていたのかな。


あれしか手段がなかったとはいえ、助けだされた喜びよりも、ゾッとする読後感が残る、癖になる怖さだった。


──333のテッペン/佐藤友哉

東京タワーのテッペンで死体が見つかるというなんとも大胆なミステリー。


土江田の終始皮肉を込めたような言い回しや、例えの表現が独特。正直読み終えた時は、土江田の過去の因縁など明らかにされていない事が多くて不完全燃焼感があったが、ちょっと調べてみたら

『444のイッペン 』
『555のコッペン 』
『666のワッペン 』
と続きもあるようだ。


続きがあれば読んでみたいと思ったのでこれはありがたい。

「下手な物語よりも物語的な生活をすごした人間の発想ですね」

(引用:ストーリーセラー P407)
この台詞がすき。

──道尾秀介/光の箱

道尾秀介の作品は『向日葵の咲かない夏』に続いて2作目。感想はコチラで書いている。
【『向日葵の咲かない夏』感想】


『向日葵の咲かない夏』でしか道尾秀介を知らなかったので戦々恐々で読み始めたのだが、いい意味で期待を裏切られた。


ハッピーエンドではあったけど人間の後ろ暗い部分を書いた表現は、生々しくて目を背けたくなってしまうけど、何故か読み進めてしまう不思議な魅力がある。そして名前を使ったトリックも見事に騙された。


とくに主人公が真実に気付いたキッカケも、絵本の伏線と相まって関心してしまった。
ホテルのラウンジでコーヒーを飲みながら音楽に耳を傾けていた主人公がなぜ、突然真実に気づいたのか?


最後まで読み進めてようやく気づいたけど、夜道を照らす赤鼻のトナカイと、暗闇を照らすためのカメラのフラッシュ……。あぁ、赤鼻のトナカイの絵本はこの為の伏線だったのかと分かったときは鳥肌がたった。


──本多考好/ここじゃない場所

普通でいることが嫌になり、だからといって”ズレる”ことができない主人公。そして突如、普通だと思っていたクラスメートが目の前で”消える”。彼の正体を確かめる為に近づくと、不穏な影が……。


…と設定は面白いし、文体も読みやすくサクサクと読めた。


しかし、主人公の向こう見ずで突っ走る様子や、彼女の性格にどうしても感情移入できなかった。


『アゲハ』という謎の組織もでてきたり、秋山たちは明らかに不思議な力をもった人たちだったのに、その正体も結局明らかにされておらず、不完全燃焼感が否めなかった。



【オススメ】




本屋大賞受賞作!『夜のピクニック』のあらすじ・紹介【恩田陸】

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第二回本屋大賞受賞作、恩田陸の『夜のピクニック』のあらすじ・紹介をしていきます。


学生の方はもちろん、大人が読んでも懐かしい『あの時』を思い出させてくれるような青春小説です。夜を徹して80キロを歩き通す変わった学校行事『歩行祭』


『夜のピクニック』は、『歩行祭』を通じて描かれる、ちょっと複雑な事情を抱えた男女の物語です。事件らしい事件は起きないけど、二人の登場人物の心情の変化が面白く、読者も心にひかれます。


主人公が抱く小さな賭けと、去年の歩行祭に現れた謎の少年、アメリカに住む親友からの謎めいた伝言…。
気になる要素がいくつも提示されながら物語が進んでいきますが、すべてが丸く収まっていく様が読んでいて心地よく、ストーリーが進行するにしたがって収束していく謎に、きっと夢中になれるはずです。



感想はコチラから。
【夜のピクニック・感想】


目次

──あらすじ

高校生活最後を飾るイベント『歩行祭』。それは全校生徒は夜を徹して80 キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かの誓いを胸に抱いて、歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために──。学校生活の思い出や卒業後の夢などを語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。

(引用:夜のピクニック 裏表紙)

──複雑な事情を抱えた二人の男女

物語は二人の主人公、甲田貴子西脇融の二つの視点で進行していきます。


二人は3年生になり、初めて同じクラスになったのですが、全然話したことはないのに険悪な関係……。


もちろんそれには理由があり、二人はなんと異母きょうだいだったのです。二人の関係を知っている人は少なく、先生にすら知られていません。


複雑な家庭の事情により、歩みよることができなかった二人。特に融の貴子に対する嫌悪感はすさまじく、同じクラスになってからも関わろうという気持ちはまったく無い様子。そんな中、あらすじにあったように貴子は一つの小さな賭けを胸に歩行祭にのぞむことになります。


──『あの時』を思い出す青春小説

ただひたすらに80キロ歩き通す「歩行祭」。こんな経験をした方は読者の中には、いないと思います。


ですが『夜のピクニック』を読んでいると、何故かとても懐かしさを感じます。私は中学・高校時代の修学旅行の夜を思いだしました。消灯後の布団の中、先生の見回りをかいくぐり友達とヒソヒソと秘密の話をした夜。


友達と夜を共にするという非日常感。シチュエーションこそ違うものの、登場人物たちの告白や秘密の共有、そして高校生らしさ青々しさがリアルに描かれていめ、読んでいるとつい懐かしい『あの時』を思い出すことでしょう。


──スッと心に染みる表現・描写

80キロを歩き通す『歩行祭』。物語の結末も気になるところですが、その中でも多彩な風景描写や登場人物たちの台詞も心に響きます。


海沿いの国道から田舎のあぜ道、夕方から夜への移り変わり……。表現の一つひとつが美しさに溢れています。

当たり前のようにやっていたことが、ある日を境に当たり前でなくなる。こんなふうにして、二度としない行為や、二度と足を踏み入れない場所が、いつのまにか自分の後ろに積み重なっていくのだ。

(引用:夜のピクニック P22/恩田陸)


『二度としない行為や、二度と足を踏み入れない場所が、いつのまにか自分の後ろに積み重なっていく』


言ってしまえば当たり前だけど、なかなか気づけない事実。私の心に残ったシーンの一つ。


──最後に

ページ数は450ページほどで、重すぎない内容なのでスッと読めると思います。学生時代を懐かしむように紹介してしまいましたが、学生の方が読んでも間違いなく楽しめる内容だと思います。


また残りの学生生活、悔いの内容に過ごそう……!という気持ちがきっと湧いてくるはずです。

【オススメ】




『夜のピクニック』の感想を好き勝手に語る。”あの時”を思い出す青春小説【恩田陸】

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当たり前のようにやっていたことが、ある日を境に当たり前でなくなる。こんなふうにして、二度としない行為や、二度と足を踏み入れない場所が、いつのまにか自分の後ろに積み重なっていくのだ。

(引用:夜のピクニック P22/恩田陸)


第二回本屋大賞受賞作、恩田陸の『夜のピクニック』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はコチラからどうぞ。

【『夜のピクニック』あらすじ・紹介】

目次

感想

ちょっと複雑な事情を抱えた男女が、80キロを歩き通す『歩行祭』という変わった行事を通して、心の成長を描いた物語。事件らしい事件は起きないけど、二人の登場人物の心情の変化が面白い。


貴子の小さな賭けと、去年歩行祭に現れた謎の少年、杏奈の謎めいた伝言…。
気になる要素がいくつも提示されながら物語が進んでいくけど、すべてが丸く収まってく様が読んでいて心地よい。


また主人公の友達たちもいいキャラしてるんだよなぁ。個人的には西脇融の親友、戸田忍くんのキャラがすき。

──なんでもない特別な時間

ただひたすらに80キロ歩き通す「歩行祭」。この発想自体が面白い。


言ってしまえば「歩行祭」なんてやっている事は”ただ歩くだけ”のなんでもない行為。ただ距離と時間が変わってくると歩くという日常の行為が、非日常の特別な時間へと変わる。


この非日常って中学・高校の修学旅行の夜を思い出す。消灯後の布団の中、先生の見回りを避けて友達とヒソヒソと秘密の話をした夜。


お互いの秘密を共有するこの感じも、打ち明けていいのか悩むもどかしい感じも、あの時の懐かしさを思い出してしまった。


大人になるにつれて、そのような環境と機会がいつの間にかなくなってしまったなぁ…。

──名言・好きな表現

恩田陸の表現・描写って、スッと心に入ってくる。思わずなるほど、と納得してしまう表現、好きな描写などをあげていく。

当たり前のようにやっていたことが、ある日を境に当たり前でなくなる。こんなふうにして、二度としない行為や、二度と足を踏み入れない場所が、いつのまにか自分の後ろに積み重なっていくのだ。卒業が近いのだ、ということを、彼はこの瞬間、初めて実感した。

(引用:夜のピクニック P22/恩田陸)


『二度としない行為や、二度と足を踏み入れない場所が、いつのまにか自分の後ろに積み重なっていく』


言ってしまえば当たり前だけど、なかなか気づけない事実。必死に走った運動会も、たくさん準備して望んだ文化祭も、大人になってしまったら二度とできないことだし、そもそも学校に足を踏み入れることも、もうない。


大人になるってことで、当たり前なんだけど、改めて考えると寂しさがつのるよな…。

日常生活は、意外と細々としたスケジュールに区切られていて、雑念が入らないようになっている。チャイムが鳴り、移動する。バスに乗り、降りる。歯を磨く。食事をする。どれも慣れてしまえば、深く考えることなく反射的にできる。むしろ、長時間連続して思考し続ける機会を、意識的に排除するようになっているのだろう。

(引用:夜のピクニック P73/恩田陸)


無意識に過ぎていってる日々を意識させてくれる。

昼は海の世界で、夜は陸の世界だ。
融はそんなことを思った。そして、自分たちはまさにその境界線に座っている。
昼と夜だけではなく、たった今、いろいろなものの境界線にいるような気がした。大人と子供、日常と非日常、現実と虚構。歩行祭は、そういう境界線の上を落ちないように歩いていく行事だ。

(引用:夜のピクニック P119/恩田陸)

水平線に滲む光は少しずつ弱まってゆき、やがては暗い一線で空と海が溶けた。

(引用:夜のピクニック P130/恩田陸)


『溶けた』って表現してるのが、何故かたまらなくいいなって思ってしまった。

「いいや。他人に対する優しさが、大人の優しさなんだよねえ。引き算の優しさ、というか」
〈中略〉
俺らみたいなガキの優しさって、プラスの優しさじゃん。何かしてあげるとか、文字通り何かあげるとかさ。でも、君らの場合は、何もしないでくれる優しさなんだよな。それって、大人だと思うんだ」

(引用:夜のピクニック P239-240/恩田陸)

その優しさに気づくことができる戸田くん…君もとても大人だと思うよ。


あとは引用すると長くなってしまうから省くけどP186-189の戸田くんの話や例えがとっても響く。林檎と人間関係の例えとか、本とタイミングの話でも、必要なノイズなどなど…。恩田陸『らしい』表現がたくさんあって読んでいて納得しっぱなしだった。


最後に

ちょっと余計な事かもしれないけど、仮眠あとの自由歩行、上位陣は1時間ちょっとで20キロ走りきるってあったけどだいぶ無茶があるのでは…って考えてしまった。


前日…というか2時間前まで60キロ歩いていて、リュックを背負った状態で、20キロを1時間ちょっと…。流石にそれをこなせるのは超人すぎるかな。




【オススメ】