FGかふぇ

読書やらカフェ巡りが趣味。読んだ本、行ったカフェの紹介がメインのブログです。ごゆるりとどうぞ。

『盤上の向日葵』彼は咲かせる、大輪を【柚月裕子】


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2018年本屋大賞二位に輝いたミステリー作品
柚月裕子の『盤上の向日葵』を紹介する。



タイトルの『盤上』、そして表紙の『王将』を見て分かる通り、将棋、そして将棋の駒が物語の中核をなすミステリー作品。


もちろん対局の様子も描かれていて将棋を知っている方ならイメージしやすいと思う。将棋のルールを知らない方でも楽しめる内容になっているので、その辺りは安心してほしい。




ネタバレありの感想はコチラ


あらすじ

実業界の寵児で天才棋士――。 男は果たして殺人犯なのか! ? さいたま市天木山山中で発見された白骨死体。唯一残された手がかりは初代菊水月作の名駒のみ。それから4ヶ月、叩き上げ刑事・石破と、かつて将棋を志した若手刑事・佐野は真冬の天童市に降り立つ。向かう先は、世紀の一戦が行われようとしている竜昇戦会場。果たしてその先で二人が目撃したものとは! ?日本推理作家協会賞作家が描く、渾身の将棋ミステリー!

(引用:Amazon)

物語は
・白骨死体と駒の謎に迫る刑事・石破と佐野の視点
・異色の天才棋士・上条の視点

この二つの視点で物語が進展していく。

物語のポイント

  1. 死体は誰なのか?何故、駒が埋められていたのか?
  2. 異色の天才棋士・上条の生い立ち
  3. 向日葵

1.死体は誰なのか、何故駒が埋められていたのか?

『盤上の向日葵』の大きな謎は、上記の二つだろう。


その二つの謎、そして犯人について石破と佐野が迫ることとなる。


死体と共に埋められていたいた駒は普通の将棋の駒ではなく、初代菊水月作錦旗島黄楊根杢盛り上げ駒という、時価600万は下らない高価な駒であった。そんな貴重な駒を何故、一緒に埋めなければならなかったのか?


些細な手掛かりから徐々に真相に迫っていく様子は読者にワクワクを与え、その先にあるものの想像を掻き立てる。


異色の天才棋士・上条の生い立ち

もう一つの視点が、元実業家で異色の天才棋士・上条の視点である。


奨励会(将棋のプロ養成施設)を介さずにプロにまで登りつめた上条。彼の幼少期から現在までの様子がもう一つの視点で描かれている。


コチラのほうの見所の一つが、上条を取り巻く登場人物。上条自身も魅力的ですが、その他に出てくる人物も実にキャラがたっている。



なかでも二人の男が上条の人生に大きな影響を与える。
父親からの虐待を受け幼少期から辛い日々を過ごしていた上条。そんな彼に救いの手を差し伸べたのが唐沢であり、上条が将棋を始めるきっかけを与えた人物である。


そしてもう一人が真剣師(金を賭けて将棋を指す人物)である東名。大学生になった上条の前に表れる東名。上条は将棋に命を賭ける東名の将棋にひかれ、なかば強引だが行動を共にするようになる。


そんな二人の影響を受けて上条の人生はどのように進んでいくのか?それがこちらの視点での見所ではないだろうか?


3.向日葵

タイトルになっている『向日葵』


向日葵といえば夏における代表的な花で、青空と太陽の似合う明るいイメージを連想させる。それにも関わらず、表紙は『王将』とそして『雪』。


表紙をめくれば『向日葵』が出てくるものの、モノクロのそれは明るさを感じさせない、それ以上に寂しさを感じるものとなっている。


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詳しいことはネタバレになってしまうので伏せるが、確かに彼は盤上に大輪を咲かせ、その花は彼にとっていくつもの意味を持つ花であった。



最後に

一言で感想を言うとすれば
「将棋を物語の中心に置き、一人の人生を追った慟哭のミステリー」


ここ最近で読んだ本の中で、一番心に残っている作品。


将棋初心者の方も是非。

『盤上の向日葵』の感想を好き勝手に語る【柚月裕子】


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最近で将棋といえば、若き天才″藤井聡太″の活躍が話題となり将棋ブームが到来している昨今である。


そんな将棋をテーマにしたミステリー『盤上の向日葵』550ページを越えるボリュームのある一冊だが、一気読みしてしまうくらいに面白く、引き込まれた作品だった。



また『盤上の向日葵』は『2018年本屋大賞』第2位に選ばれた柚月 裕子の作品である。


ネタバレありで書いていくので未読の方はコチラをどうぞ。

『盤面の向日葵』紹介



感想

以下の4つについて感想を述べていく。

  1. タイトルと表紙
  2. 鬼殺しのジュウケイ
  3. 物語全体について
  4. ラスト

1.タイトルと表紙

タイトル『盤上の向日葵』


向日葵といえば夏における代表的な花で、青空と太陽の似合う明るいイメージを連想させる。それにも関わらず、表紙は『王将』とそして『雪』。


表紙をめくれば『向日葵』が出てくるものの、モノクロのそれは明るさを感じさせない、それ以上に寂しさを感じるものとなっている。



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物語の中盤でやっと『向日葵』については触れられて、そしてタイトルの意味が分かったときには、なんだか寂しい感じがした。


2.鬼殺しのジュウケイ

著者の柚月裕子さんの作品はこの『盤上の向日葵』で初めて読んだのだが、登場人物がとにかく魅力的だと思った。


思いやりと優しさのある唐沢夫妻、身勝手ながらも確かな捜査力のある石破刑事、つらい少年時代にも関わらず卓越した頭脳で這い上がった上条。


そして一番印象に残っているのは、真剣師であり物語のキーマンである『鬼殺しのジュウケイ』の二つ名をもつ東名重慶


彼の魅力は最後まで己の生き方を貫いていることだと私は強く感じた。


最初は酒を飲んでいるばかりで、行きつけの店にはツケを溜め込める、まさに″ダメ人間″を絵に描いたような人物だったが、あの元治との対局(一局100万をかけた勝負)は痺れた。


一本目の対局で東名が負けて、菊水月の駒を売ることになったのは、予想できた展開だったが、その負けを含めて計画の内だったのは衝撃だった。


読んでる時は、菊水月を買い戻さずに金を持ち逃げした東名に対して失望の気持ちもあったが、これでしっかり返していたら東名らしくはないよな、と今は思う。


まさに『策士』である東名。最初に上条に出会ったときに10万を賭けたのも今後のための布石だったのではないかと思う。


賭けに勝てばもちろん10万手にはいるし、負けたとしても上条にかりをつくれる。(実際は、賭けは東名が勝手にやりはじめた事だから、かりとは言えないかもしれないが負い目を作ったのは事実)


結果としてその10万を犠牲に900万を手にしてるのだから流石としかいいようがない。

金にがめついろくでなし、超一流の真剣師──東名の生き方をどう見るかは人それぞれだろう。ただはっきりしているのは、東名は自分の人生を生ききったということだ。

(引用:盤上の向日葵 P556/柚月裕子)

まさにこの一文が東名という人間を表している。

将棋に生き、将棋で生かされ、将棋で死ぬ。まさに将棋に身を捧げた人物だった。


3.物語全体について

「佐野と石破の刑事視点」と「上条の過去」について交互に描かれているのも引き込まれる要因の一つである。


佐野・石破の刑事視点では、発見された死体は誰なのか?何故、高価な駒を一緒に埋めたのか?という今回の事件のポイントに徐々に迫っていく様子もいい。



上条の過去視点では、子供のときの苦悩から唐沢に救われて育っていき、どんな人生を歩んでいくのか、そして何故、奨励会を介さずに異例のプロ棋士になったのか?


この二視点で交互に進み、気になるところで視点が切り替わるので、焦らされてるようで余計にページをめくる手が止まらなくなってしまった。


個人的には上条視点ほうが気になり、グイグイ読み進めることになった。



とにもかくにも相互の視点で物語が進むにつれ事件の全容が明らかになっていく様子がたまらなく夢中にさせる。



もう一つ印象に残っているのが″対局″についてで、先程も少し触れたが東名と元治の真剣勝負の場面。


二人の勝負、命を削っての戦い。死闘と呼ぶにふさわしいこの戦いには痺れさせられた。


「棋士は命を削って将棋を指す」という言葉を耳にしたことがあったが、まさにそれを表現していて、こちらにも、とてつもない緊張感が伝わった。



4.ラスト

何故、東名が菊水月と埋められていたのか?


それが明らかになった場面は...くるものがあった...。

地獄でも、この駒さえあれば、何とかするだろう。
この男なら。

(引用:盤上の向日葵 p556/柚月裕子)


恨み、憎まれ、騙されもした。師弟のような関係の時もあったが、間違いなく歪んだ関係。


そして、定めだったかもしれないが東名の「お前はプロになれ」という言葉通り...いや、遺言通りに異例のプロ棋士となった上条。


この二人の関係はどう言い表していいのか、私にはわからない。



だが、間違いなく私の心には刺さった一冊だった。

『FGかふぇ』ブログ開設1周年を迎えて


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本日のお昼にこんなメールが届きました。

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私自身、覚えてなかったのですが本日(6月7日)でこのブログ『FGかふぇ』が1周年を迎えたそうです。


最近では週1更新の低空飛行状態でしたが、読んでくださる皆様のおかげでなんとか墜落することなく飛び続けることができました。ありがとうございます。


今までひたすらに本の感想やらカフェの紹介やらで、このブログについて語ったことはあまりなかったのですが、一周年というめでたい節目ということで、そのあたりのことについて今回は語っていこうと思います。

  1. 『FGかふぇ』の名前の由来
  2. 記事の内訳とPV
  3. 今後の更新予定


1.『FGかふぇ』の名前の由来

ぶっちゃけ由来というほどの大袈裟なものではありませんが、「かふぇ」は当ブログがカフェの紹介をしているため。もう一つはカフェにいるときのようにゆったりと過ごしてもらいたいという願いを込めてつけました。


そしてもう一方
私のハンドルネームともなっている「FG」


メールの写真を見ていただければわかりますが「furikake-gohan」のidからとっております。


当然の疑問だと思いますが、何故「ふりかけごはん」なのか?



それは



つまり



私も知りたい。



えぇ、そうなんです。意味なんてまったくありません。ふりかけが好きなわけでもないし、むしろここ数年食べてないかもしれません。





当時のノリと勢いで思いついたまま、今現在にいたります。まぁ不思議なもので、こんな意味不明な名前ですが1年間も付き合い続けていると愛着もわいてくるもんなんですね。



あとサムネイルのサボテンは今年の春にお引っ越しをしました。



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こいつとも4年近くの付き合いになります。はじめは一つでしたが今では三つ子になりました。(この写真では分かりにくいですが...)


2.記事の内訳とPV

本、映画:63
カフェ:7
その他:5

合計75記事

カフェ...少ないですね。一年で7記事とは本当にこれでカフェブログと名乗っていいのでしょうか。


カフェに通ってないわけではないんです。ただ、一番お気に入りのにカフェに入り浸っているために開拓を全然行っていないのです...。


しかしですね。


先日、古本屋でこんな素晴らしい本を見つけまして。

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まさに今の私のためにある本といっても過言ではない。


すでに何ヵ所かいきたい所に目星をつけておいたので、早ければ次の土日で紹介できればと思ってます。


だいぶ話が脱線してしまいました。

PVについて

『FGかふぇ』一年間のPVはこちら!!


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60338PV

いや、ホントここまでいくと思わなかった。むしろ一年間続くと思ってなかったので...。こんな拙い文章でも読んでもらえてるとわかると恥ずかしながら嬉しいものです。

直近3ヵ月はこんな具合

3月:7387
4月:9190
5月:17445


5月は映画『ラプラスの魔女』効果ですね。


『FGかふぇ』では、映画・小説両方の感想や紹介。また続編の『魔力の胎動』の感想・紹介記事があったので、そのあたりが軒並みのびたため、4月の倍近いPVまでいきました。


6月は今のペースだと10000PVくらいでしょうか?なんにしてもじわじわあがってるのでよしとします。



3.今後の更新予定

冒頭にも述べたように最近は週1更新の低空飛行なのですが、けっして書くネタがないわけではないんです。


むしろネタがありすぎて困ってるくらい。


最近読んで面白かった『盤上の向日葵』『真夜中乙女戦争』の感想・紹介だとか


『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズ全5作品読み終えたので、その紹介だとか


『図書館の魔女』の登場人物のプロフィールをひたすらまとめたマニアックすぎる記事だとか


『図書館の魔女─烏の伝言─』の疑問・考察だとか



書きたいことはたくさんあるんです。書きたい気持ちはあるのですが、気持ちと行動力が比例しないのです。


ゆったりとブログに専念できる時間を確保したいと願う今日この頃。むしろ一年間続けてまだそんな気持ちが残っていることを嬉しく思います。


終わりに

今後も低空飛行は続くと思いますが、ゆったりやっていこうと思います。


最後までお付き合いありがとうございます。縁があれば、また来年にでも会いましょう。

印象に残っている小説の冒頭をまとめる【10作品】

百の物語があれば百の結末があるように、物語の始まりもまた個性様々である。


美しい一行目、唐突な始まり、引き込まれる冒頭の一節...。
第一印象を与えられるのは一度きり。


今回はそんな思わず続きが読みたくなるような、また一気に引き込まれるような小説を紹介する。



印象に残っている、またインパクトのある小説の1行目や冒頭部分をあげていく。

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はじめに

  • 物語の一行目、または冒頭の一節を引用している。
  • 選考基準はFGの独断と偏見です。ご容赦ください。
  • 今まで読んだことある作品から選択している。
  • 随時更新中。

紹介

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「花火には二つしかない」
山頂から吹き降りてくる秋の風が、厳粛な空気の隙間を舐めるように吹いていた。
「一瞬で消えるか、永遠に残るか...その二つしかない」

ギンカムロ/美奈川護

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春が二階から落ちてきた。

重力ピエロ/伊坂幸太郎


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腹を空かせて果物屋を襲う芸術家なら、まだ格好がつくだろうが、僕はモデルガンを握って書店を見張っていた。

アヒルと鴨のコインロッカー/伊坂幸太郎

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この村では、見事に実った麦穂が風に揺られることを狼が走るという。

狼と香辛料/支倉凍砂

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予感めいたものなど、何ひとつなかった。

秘密/東野圭吾

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右手に月石。
左手に黒曜石。
口のなかに真珠。
カリュドウは三つの品をもって生まれてきた。

夜の写本師/乾石智子

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秘密はいかにして死ぬかだ。
時のはじまりから、秘密はつねに、いかにして死ぬかであった。

ロスト・シンボル/ダン・ブラウン

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真夜中を愛する者は乙女である。真夜中を憎む者もまた乙女である。

真夜中乙女戦争/F

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これは私のお話ではなく、彼女のお話である。
役者に満ちたこの世界において、誰もが主役を張ろうと小狡く立ち回るが、まったく意図せざるうちに彼女はその夜の主役であった。そのことに当の本人は気づかなかった。今もまだ気づいてはいまい。

夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦

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彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。

博士の愛した数式/小川洋子

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終わりに

まだまだ10作品と数は少ないが、新しい作品と出会いしだい更新予定なので、また気軽に覗いてもらえるとありがたい。

自然に溶け込んだカフェ『gachirin─月輪─』に行ってきた【埼玉県飯能市】


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飯能市にある小さなカフェ『gachirin─月輪─』に行ってきたので紹介する。



バイク、自転車のライダーが多く見られる県道70号を通っていくと、ちらほらとオシャレなカフェが現れはじめる。


そのなかで今回、足を運んだのがここ!『gachirin─月輪─』



道路脇にポツンと店をかまえており、建物自体は小さいものの、ついつい覗いて見たく佇まい。


駐車場は道路を挟んで向かい側に広いスペースがあり、駐車が苦手な方でも安心である。


また、ロードバイクをとめるスペースもあるので、ロードバイク乗りの方でも安心。休憩がてらに寄ってみてもいいだろう。

【駐車場からの外観】
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【外観】
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遠目には山の緑が見え落ち着く佇まい。個人的には、このこじんまりした感じがとっても好み。


いざ店内へ!

【店内】


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白の壁を基調とした店内はゆったりとした時間が流れており、開かれた窓からはさわやかな春の風が通り抜けていく。


カウンター席もあるので一人でも、ふらっと気軽に訪れることもできそうだ。また道路の反対側にはテーブルのテラス席も用意されているので、美しい自然の景色に癒されながらコーヒーを飲むのもまた一興。


【テラス席】
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【バニラアイス】


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メープルシロップのかかったバニラアイス

上にはクルミが、下にはコーンフレークが敷いてあり、双方ともアイスとの相性抜群。また、ほんのりと感じるシナモンの風味が食欲を沸き立てる。



【月輪ブレンド】
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苦味と酸味がちょうどよいブレンドコーヒー。器もかわいい。


お店の情報

  • 住所:埼玉県飯能市下名栗1063-5
  • 電話番号:090-3818-9074
  • 定休日: 火・水曜、第三月曜日
  • 営業時間:11:00~16:00
  • 席数:カウンター3席、テーブル5つ(うちテラス2つ)
  • アクセス:最寄り駅は飯能駅だが、車で20分近くかかるため、車やバイクで行くことをオススメする。
  • 駐車場:あり
  • HP:喫茶 gachirin ー月輪ー

※10歳以下のこどもの入店不可 

おまけ

またカフェだけでなく、BBQ施設や名栗温泉などの温泉設備まで整っている

『さわらびの湯』
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今回紹介した『gachirin─月輪─』からは車で15分ほどの場所にある温泉施設。


1日楽しめる飯能へ、今度の休日にも行ってみてはどうだろうか?


関連記事



『虚ろな十字架』の感想を好き勝手に語る【東野圭吾】


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よく、「死んで償う」という言葉が使われるが、遺族にしてみれば犯人の死など「償い」でも何度でもない。それは悲しみを乗り越えていくための単なる通過点だ。

(引用:虚ろな十字架P155/東野圭吾)


タイトルのつけかたが秀逸。本文に出てきたときに思わず「なるほどなぁ」となった。


ということで、東野圭吾の『虚ろな十字架』の感想を語っていく。ネタバレありで書いていくので未読の方はご注意下さい。






感想

テーマは主に死刑について扱っていて、事件の内容も重い。死刑などの重いテーマ...普段の生活では触れることのないことを考えさせられる東野圭吾らしいミステリーだった。


ストーリーも序盤から引き込まれる。
冒頭で史也と沙織がでてくる。しばらくして史也は登場するが沙織がでてこない。


いざでてきたと思ったら以前恋仲であったとは思えないほどの真逆の生活。


二人に一体なにがあったのだろう?子供を殺害された中原たちとどう繋がっていくのだろう?といつの間にか物語に没頭していた。


そして複数の事件の真相と複雑に絡み合った人間関係。ラストではそれがキレイにほぐれる。


とくに史也の異常ともいえるような優しさ、寛容さはどこか裏があるような感じがしたが、その優しさに隠された過去の真相を知ってしまうと胸にくるものがある。


ミステリーとしても納得の作品だが、やはり『虚ろな十字架』において心に突き刺さったのは死刑、そして刑罰などのヘビーな話。


刺さったセリフ

そしてたぶん死刑判決は出ない。路上で一人の女性を殺害して金を奪った──この程度の「軽い罪」では死刑にはならない。それがこの国の法律だ。

(引用:虚ろな十字架P101/東野圭吾)

よく、「死んで償う」という言葉が使われるが、遺族にしてみれば犯人の死など「償い」でも何度でもない。それは悲しみを乗り越えていくための単なる通過点だ。しかも、それを通り過ぎたからといって、その先の道筋が見えてくるわけではない。

(引用:虚ろな十字架P155-156/東野圭吾)


一体どこの誰に、「この殺人犯は刑務所に○○年入れておけば真人間になる」などと断言できるだろう。殺人者をそんな虚ろな十字架に縛り付けることに、どんな意味があるというのか。

(引用:虚ろな十字架P174/東野圭吾)


刑務所に入れられながらも反省しない人間など、いくらでもいます。そんな人間が背負う十字架なんか、虚ろなものかもしれません。でも主人が背負ってきた十字架は、決してそんなものじゃない。重い重い、とても重い十字架です。中原さん、かつてお子様を殺されたご遺族としてお答えください。ただ刑務所で過ごすのと、主人のような生き方と、どちらのほうが真の償いだと思いますか」

(引用:虚ろな十字架P344/東野圭吾)

その子のために悲しんだのは、あんたらだけだ。それなのに刑務所か?家族と引き離して懲役か。それのどこに意味がある?教えてくれ。あんたが今自首をして刑務所に入ったら、どんないいことがあるんだ。ただの気休めじゃないか」

(引用:虚ろな十字架P359/東野圭吾)


著者の一番言いたかったことはP344のことではないかと思った。


刑務所に入れられながらも反省しない人間と、史也のように自らで重い十字架を背負った人間...どちらが本当に償いをしているのか?


また、再犯率も決して低いとは言えない現代の刑務所システムにも言及しているセリフである。



私は「目には目を、歯には歯を」の考え方なので、「殺人には死刑を」について記事にしていた中原の妻・小夜子の考え方に概ね賛成だった。


最初は。


ただP344のセリフを読んで、その考えが揺らいだ。刑務所なんかに入らなくても史也のように悔い改めている人間もいる。


それに医者という仕事を考えれば、救ってきた命は数えきれないだろうし、自殺をしようとしていた花恵とその子供を救っている。


このような人物が死刑になっていいはずがないだろう。


P344のセリフに対して中原は
「人を殺したものは、どう償うべきか。この問いに、たぶん模範解答はないと思います」
と返答する。


...難しいなぁ。このやり取りを忘れることはないだろう。


関連記事

『ラプラスの魔女』映画と小説の違いをまとめる【東野圭吾】


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東野圭吾の作家デビュー30周年記念作品となった『ラプラスの魔女』


2015年5月15日に単行本が刊行され、そして先日の2018年5月4日に映画が公開となった。


ということで、今回は原作の小説と映画の違いを覚えている範囲でまとめていく。原作、映画、双方のネタバレありなのでご注意下さい。


未読の方はコチラ
─『ラプラスの魔女』紹介─

映画の感想(ネタバレなし)
─映画『ラプラスの魔女』感想─


原作と映画の相違点

原作と映画の違いを登場人物ごとにあげていく。


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──武尾 徹

円華のボディーガード兼監視役の武尾


原作では武尾と円華が出会う(ボディーガードの面接)ところから始まり、円華が雪の日に逃走する場面まで武尾視点で物語が進む。


その逃走する場面までで武尾は円華の不思議な能力を目の当たりにしていくわけだが、映画ではここをカット。


ちなみに映画での武尾の初登場は第2の硫化水素事故が起きた旅館で、桐宮と一緒に円華を捜索しているシーン。



──羽原 円華

ラプラスの魔女である彼女。前述したように、武尾と会ってから逃亡するまでがカットされているため、その特別な能力が披露される場面は少ない。


他にも原作では青江とクレーンゲームやボーリングの残るピンの予想なども行っているが、映画ではカットされている。


映画オリジナルとしては、回想とラストシーンで甘粕 謙人と月虹(ゲッコウ)を見るシーンや、数理学研究所から青江と共に逃亡するシーンがあげられる。


またスモークによる硫化水素事故の実演の時間帯も異なっている。原作が夜なのに対し、映画では昼間になっている。


──青江 修介

地球科学学者・青江 修介


映画では武尾の出番がかなり少なく、その代わりに原作での武尾の役割を青江が担っている形である。


その最たる例がラストシーンの円華との会話で「未来はどうなっていくのか?」というやり取り。原作では武尾と円華のやり取りだが、映画では青江と円華のやり取りになっている。


またシチュエーションとニュアンスも若干異なる。


また原作ではレゴ好きとして描かれる青江。廃墟の鐘を前にして「レゴブロックみたいだ...」と発言する。その発言からダウンバーストで建物を全壊させないヒントを得る。


映画でその部分は、青江が物語中しつこいくらいに飛ばしていた紙飛行機から円華はヒントを得る。


映画ではレゴのレの字も口にしなかった青江だが、エンドロールには『東大レゴ部』なる文字が見受けられた。


もしかしたら青江の研究室に飾ってあったりしたのかな?


他にもひっそりと原作を読んでる人なら気づくかもしれない小ネタが仕込まれていた。


例えば那須野のプロフィールにしっかり「特技:スキー」と書かれていたり、第2の硫化水素事故の温泉宿のポスターが「苫手温泉」と書かれていたり...などなど。


(※映画では語られていないが、那須野は「スキーが出来る代役の役者」という条件で現場に呼び出されている。)



──甘粕 謙人

ラプラスの悪魔である彼。映画で彼が能力を見せるのはサイコロの出る目の予測と、天気の予測くらいだっただろうか。


また水城 千佐都ととの詳しい関係はカットされている。


他に気づいたのは、細かいことだが入院中の初期段階における意志疎通の方法が原作がまばたきの回数なのに対して、映画では指で叩いた回数になっている。


──中岡 祐二

麻布北署の刑事である中岡は、原作では水城ミヨシ(温泉地で最初に亡くなった水城 義郎の母親)に千佐都の調査を依頼されるが、映画では水城ミヨシすら出てこない。


また映画では、甘粕才生のブログを見つけたのは中岡刑事になっている。(原作は青江)


捜査の詳細はカットされていて、どうしても中岡刑事の活躍が目立たない。そのため、ブログを発見したのも中岡刑事の手柄にしたのではないだろうか。


──甘粕 才生

鬼才として知られる映画監督・甘粕 才生。原作では彼の残虐性について、何故なのかをマウスの例をとり説明されているが、映画では詳しい説明はカットされている。


映画では、甘粕才生は施設に入ってる設定になっており、ここも原作とは異なる。


また、廃墟の鐘での千佐都の扱いにも差がある。原作では少し強引に千佐都を連れていくくらいだが、映画では杖で殴り無理矢理建物の中に連行している。そして必要以上に暴力を振るっている印象をうけた。


これは、映画では登場機会の少なかった甘粕才生の異常さや残虐さを表現したものと思われる。


あとは、原作では甘粕才生は拳銃を持参しているが、映画では廃墟の鐘に元々置いてあったものを使用している。


拳銃があったのは甘粕才生曰く「装飾品にも拘って映画では本物を使用していたから」とのことらしいが、それにしても元々弾が込められていたのは危険すぎるし、廃墟に拳銃が置きっぱなしというのも疑問が残る。


最後に

細かい事を挙げていくときりがないが、原作と映画で大きく異なる箇所や印象に残った箇所はだいたい取り上げられたはずだ。


物語の大筋とはまったく関係ないが、前述したように映画中にレゴが登場していたかどうかが、個人的にとても気になる。


エンドロールに載るくらいだから登場していると思うが...分かる方がいらっしゃったら是非とも教えて頂きたい。


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