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『分身』の感想を好き勝手に語る【東野圭吾】

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私が母と呼んだ女性は、単なる分身製造装置に過ぎなかった。

(引用:分身 P356/東野圭吾)



東野圭吾の『分身』の感想を語っていく。

ネタバレありで語っていくので、未読の方はご注意下さい。




感想

  1. ストーリー全体
  2. クローンについて
  3. 刺さった言葉
  4. ラスト

1.ストーリー全体について

一言でいえば...面白かった


文庫本で全457ページとそこそこの分量があるが、スピーディーな展開とじわじわと明らかになっていく真実に読む手が止まらなくなった。


鞠子の父親の研究内容やタイトルの『分身』などから、鞠子と双葉が″クローン人間″なんだろうな、という予想は容易くできる。


予想こそできるが、何故、双葉の母が殺害されたのか?何故、鞠子の母が自殺をはかったのか?などの物語に散りばめられた事件の真相、またその着地点が見事。


最後にはすべての謎がしっかり1本の線で繋がる。そして″クローン″について、もし人間のクローンがいたらどうなるんだろう?と考えさせられる作品だった。

2.クローンについて

1993年に文庫本が発売されたということで、現時点より25年も前の作品になる。25年前に「クローン」の存在がどれほど認知され、世間に知られていたかは定かではない。


日本では2000年にクローン人間の作成を
禁止する「クローン技術規制法」が成立している。


そのような規制法ができるもっと以前よりクローンに目をつけて、このような小説を書き上げている点に関して、やはり東野圭吾の先見の明は流石といえるだろう。


クローン人間が何故、倫理的に問題があるのか?またクローン人間のメリットについても『分身』の中では触れられていた。


『分身』で触れたメリットで「なるほど!」と思ったのは骨髄移植について。自身のクローンだから拒絶反応が少ない優秀なドナーになる...と。今まで考えもしなかったので目から鱗だった。


倫理的な問題を言うと、そのドナーの人権はどうなるのか?という点。ドナーになるために生まれさせられた?じゃあその後の人生は?


難しい。


3.刺さった言葉

終盤、二人のクローンの元である晶子が登場してからは、とくにクローンについての深い部分に触れていて心に残る台詞が多かった。

私が母と呼んだ女性は、単なる分身製造装置に過ぎなかった。少なくとも、父は彼女をそのように扱った。たぶんそれと同様に父は私を、かつて愛した女性の複製としてしか見ていなかったのだろう。父にとって私は、それ以上のものでも以下のものでもなかったに違いない。

(引用:分身 P356/東野圭吾)

「私が母と呼んだ女性は、単なる分身製造装置にすぎなかった。」


この文章の威力が凄まじい。鞠子の母親は何も知らなかった訳だし、自殺してしまったのも頷ける。彼女がこの物語の中で一番辛い立場の人間だったと思う。

でもやはり私は、自分が生まれてきた理由にこだわらずにはいられない。「分身」として生み出され、「分身」だからこそ父に愛され、「分身」だからこそ母を失った私が、「分身」以外の何者かになることなんて、幻想に過ぎないように思えるのだ。

(引用:分身 P357/東野圭吾)


あの時私のおなかの中にいたのは、私の子供ではなく、私のクローンだったんですね。私は、私の分身を宿られせていたということですね。

(引用:分身 P395/東野圭吾)


結果として晶子は流産したわけだが、それでよかったのだろうな...。なにも知らずに、「私」が「私」を育てるなんて...。


クローンに関わった人間がみんな不幸になっていくのが、読んでいて辛いところ。晶子は勝手に分身を作られ、双葉の母は殺害され、双葉自身は母の死に悲しみ、鞠子の母は鞠子を受け入れられず、鞠子自身は母の死に苦悩する。



4.ラスト

読みはじめてからすぐに、クローンの二人が、いつ、どこで対面して、どんな反応をして、どんな話をするのだろう?と考えながら読んでいたが、まさか最後まで引っ張らせるとは...!!



鞠子と双葉の二人があの後、何を話し、何を思い、そしてどのように生きていくのか...想像が掻き立てられるラストだった。


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