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『巨人たちの星』の感想を好き勝手に語る【ジェイムズ・P・ホーガン】

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「夢を描くことがなくなったのだね」ダンチェッカーは悲しげに頭をふった。「それは悲劇だ。わたしたちが今当たり前と思っていることはすべて、誰かが突拍子もない夢を描いたところから始まっているのだからね」

(引用:巨人たちの星 P259/J・P・ホーガン)


ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』シリーズの第三作目『巨人たちの星』の感想を語っていく。


『巨人たちの星』は『星を継ぐもの』、『ガニメデの優しい巨人』に次ぐ作品なので未読の方は『星を継ぐもの』から読むことをオススメする。


『星を継ぐもの』あらすじ・紹介



目次

感想

『巨人たちの星』は、今までの作品『星を継ぐもの』や『ガニメデの優しい巨人』とはちょっと毛並みが違う印象を受けた。


それは宇宙への探求をひたすらに描いていた過去の二作とは違い、『巨人たちの星』は政治や経済、外交に対しても目を向けられて描かれているからだろう。


ネットの感想をチラッと見ると、「『星を継ぐもの』『ガニメデの優しい巨人』は面白いが、『巨人たちの星』はそうでもない」と言った意見がチラホラと見受けられる。


それは、政治・経済・外交などに対しても風呂敷を広げたことが、この好き嫌いの分かれ目なのかな、と思ったり思わなかったり。

すべては異星人の手の上で

私が一番面白いと思った所は、現代社会に蔓延る謎や、過去の地球人の歴史と異星人の侵略をうまく溶け込ませて物語が描かれている点だ。


過去長い間、地球人は呪術や無力な偶像などの迷信を信じ非科学的な精神構造を持っていた。なぜ、合理主義的な生き方ができていなかったのか?


なぜ、19世紀のヨーロッパで科学や理性の発達を妨害するような、心霊教やオカルトなど荒唐無稽な信仰や運動が蔓延したのか?


なぜ、20世紀に入っても反核運動など、科学技術を否定し、経済成長に反対する大衆運動が盛り上がったのか?


現実の世界であったこれらの出来事がすべて、地球人が紆余曲折を経て作った歴史ではなく、異星人の侵略のために作っていた歴史であったという衝撃の事実だったと明かされたときは、もう圧巻だった。


「非科学的な迷信を持ち、合理主義的な生き方ができていなった」それは、異星人が文明初期の地球人に迷信を刷り込んでいたから。


「なぜ、近代になっても非科学的な思考が抜けずに心霊やオカルトが信じられているのか」それは、真の科学が発達しないようにするための異星人の妨害だったから。


我々人類が抱える矛盾した性質を、ホーガンが独自の視点で切り開いている様子は見事の一言だった。

どんでん返しと伏線回収

地球人たちの宿敵ジュヴレン人たちを追い詰めていく様子も読んでいてスカッとしたが、それだけで終わらないのがやはりこのシリーズ。


衝撃なラストと共にしっかりと『星を継ぐもの』『ガニメデの優しい巨人』で残された伏線を回収していくのだからたまらない。


なぜ、ミネルヴァには対立する二つの集団がでてきてしまったのか。セリアン人が地球に渡った真実など、すべてを把握しているテューリアンとの接触で三作すべての謎が明らかになっていた。


ハントたちが導きだしていた答え(月が地球の衛星になったおかげでセリアン人が地球に渡ることができたこと)で納得していたので真実が明かされたときはなるほどなぁと驚かされた。確かに木星から地球に渡るまで生存できていたとは今思えば考えにくいよな。


今までに張られたミスリードもしっかり改め『星を継ぐもの』とかの答えが覆されしっかりと物語が完結されたと思う。


想像力

SFって未知・空想の技術力を堪能できるところも魅力の一つかなと思う。その点で言ってもこのシリーズは面白い。


『ガニメデの優しい巨人』で出てきた重力工学もなかなかにぶっ飛んでいて面白かったけど、今回登場した技術もそれ以上にぶっ飛んでいて感心した。


『巨人たちの星』の初版が1983年なので今から約35年前ということだけど、この想像力は素直に凄まじいなぁと思う。


五感すべてを伝送させてどんなに離れた所にいても、一瞬のうちに任意の場所に行くことができる。なんだか現代のオンラインゲームみたいだなぁと思うところもある。


「人間の想像し得ることは実現することができる」みたいな格言は聞いたことがあるけど、こんなぶっ飛んた未来もいうかは実現できるのかな?


できるのならそこまで生きてみたいものだ。




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