「もし、この世に存在するすべての原子の現在位置と運動量を把握する知性が存在するならば、その存在は、物理学を用いることでこれらの原子の時間的変化を計算できるだろうから、未来の状態のがどうなるか完全に予知できる。」
(引用:ラプラスの魔女 P342/東野圭吾)
今回は東野圭吾の「ラプラスの魔女」の感想を語っていきます。
内容には触れていくので、読んだことない方はこちらをどうぞ。
映画について
この物語は、フランス人数学者の「ピエール・シモン・ラプラス(1749-1827)」が提唱した上記のような仮説を題材にした物語となっている。この仮設が後に「ラプラスの悪魔」と呼ばれ、19世紀の物理学者たちを悩ませることになる。
しかし、20世紀に入り量子力学の登場によって「ラプラスの悪魔」は否定される。
本書を読み終えてから「ラプラスの悪魔」について調べていて、否定されていると知ったときは少しガッカリでした。
もし、円華や謙人のような力をもつことができたなら...と本書を読んだ方ならみんな考えるのではないでしょうか?
感想
物理的な要素とミステリーが融合した作品だが、同じ物理をテーマとしたガリレオシリーズとはまた違った読みごたえがあった。
再現性のありそうなガリレオシリーズとは違い、ラプラスの悪魔は否定されてしまった仮説ですからね。
もし現実に存在したなら...と好奇心が刺激されました。
〈ガリレオシリーズ〉
前回の記事でも触れたのですが、著者は「これまでの私の小説をぶっ壊してみたかった。そしたらこんな作品ができました。」とコメントしている。
今までの小説とどう違うのか?
第1に、ミステリーの醍醐味でもあるトリック、その殺人のトリックが超能力(ラプラスの悪魔の力)であること。
タブーに近いのではないか?と思われるこの設定だが、そのタブーで物語を引き立ててしまっているのだから見事としか言いようがない。
ひとくくりに超能力だからなんでもあり!
という訳ではなく、使える能力は限りなく正確な未来予知のみ。そのおかげでミステリーとして成り立つことができているのではないだろうか。
第2に、主人公が誰なのか?
タイトルから考えればラプラスの悪魔の力が使える円華なのだが、円華視点で話が中心に進むのかというと答えは否。確かに要所要所で重要な役割を果たしているのは間違いない。
印象に残った場面といえば、円華が青江に見せるドライアイスを使った、硫化水素事故の再現場面だ。
やがて彼女の足元から、白い煙のようなものが立ちこみ始めた。しかもそれは周囲に広がったりせず、下方に流れていく。
はっとした。煙の正体はすぐにわかった。ドライアイスによるスモークだ。おそらく円華は水をいれた容器にドライアイスを放り込んだのだ。
スモークはゆっくりと流れ落ちてきた。まるで巨大な白い蛇が移動するように、木々の間を抜け、草を這い、青江の方に向かってくる。驚いたことに、曲がりくねりながらも、スモークの幅は殆ど変わらなかった。拡散していないということだ。
ついにスモークは青江の足元に達した。さらに驚かされたのは、その直後だった。スモークは彼がいる地点を通過することなく、その場で滞留し始めたのだ。白い煙が、瞬く間に彼の全身を包んでいった。
(引用:ラプラスの魔女 P282/東野圭吾)
青江に不思議な能力の存在を確信させ、更にそれは事故の、いや事件の真相を暴いたもの。
表紙もこの場面を描いたものだ。
そして青江
彼は甘粕のブログまでたどり着いたり、温泉地で直接捜査、さらにはクライマックスの廃墟の鐘にまで登場するなど、何度も青江視点が回ってくる。ページ数だけでいえば彼の視点が一番長いのではないだろうか?
物語のキーマン、謙人
甘粕才生の息子であり、過去の硫化水素の被害者。ラプラスの悪魔の能力が使え、そして今回の事件の犯人。
復讐について一番のスポットを当てるとしたら彼が主人公ということになるのか?
円華と謙人の共通点
ラプラスの悪魔の能力を持つ円華と謙人だが、二人の共通点がとても多いな、と思った。
・母親を亡くしている
円華は竜巻で、謙人は硫化水素で共に幼い頃に母親を亡くしている。
・命の危機、奇跡の生還
上記にも繋がっているのだが、円華は母親を亡くした竜巻に巻き込まれている。謙人も硫化水素の事件に一緒に巻き込まれている。
・父親の狂気
脳神経外科医師である円華の父親「全太郎」は、円華が望んだ事とはいえ命を危険を犯してまで、実の娘に施術を行っている。
謙人の父親「甘粕」については...言うまでもないですね。
・ラプラスの悪魔の能力を得る
「施術を行えば誰しも能力を得られる」というわけではないでしょう。分野は異なるが全太郎も甘粕も世間からは天才と称される人物。その特別な血筋を持ち、かつ不運な過去を過ごしたからこそ能力を目覚めさせることができたのではないでしょうか?
180°変わる人物像
諸悪の根元である甘粕才生、ブログを読んだ限りでは、娘が硫化水素を使った自殺を行い、それに息子と妻が巻き込まれて、結果娘と妻は死亡。息子は植物状態。
そんな悲劇に見舞われながらも、希望を見いだそうのする甘粕才生の様子がかかれている。
が、蓋を開けてみればすべて甘粕才生の自作自演。家族殺害の理由も「自分にとって完璧な家族ではなかったから」と狂気が漂う。
刑事である中岡が甘粕才生の本性を少しづつ暴いていく過程がかなり印象的。最初のイメージがどんどん覆されていき、ブログとは180°違った人物像が明らかになる。
この過程がゾクゾクする。
真実に近づいて行くにつれ、甘粕の狂気が明らかになるにつれ、どんな結末になっているのかと、ページをめくる手が止まらなくなった。
まとめに
なかなかボリュームのあるページ数でしたが、飽きることなくサクサク読み進めていけました。
個人的には何より、ラプラスの悪魔を題材した設定がツボでした。
実際にはありえないわけだけど、もし実在したならこんな感じなのかなぁと。そんな空想をリアルに詳細に感じることができました。
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