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『四月になれば彼女は』の感想を好き勝手に語る。常識が崩れ落ちる異形の恋愛小説【川村元気】

愛を終わらせない方法はひとつしかない。それは手に入れないことだ。決して自分のものにならないものしか、永遠に愛することはできない。

(引用:四月になれば彼女は P198/川村元気)


とんでもない物語を手にとってしまった。なんの気なしに読み始めた恋愛小説に、こんなに息が詰まるほど心揺さぶられるとは思いもしなかった。


今回は川村元気『四月になれば彼女は』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はコチラの紹介をどうぞ。

『四月になれば彼女は』のあらすじ・紹介


目次

あらすじ

4月、精神科医の藤代のもとに、初めての恋人・ハルから手紙が届いた。だか藤代は1年後に結婚を決めていた。愛しているのかわからない恋人・弥生と。失った恋に翻弄される12ヶ月がはじまる──なぜ、恋も愛も、やがては過ぎ去ってしまうのか。川村元気が挑む、恋愛なき時代における異形の恋愛小説。

(引用:四月になれば彼女は 裏表紙/川村元気)


感想

物語の始まりを告げる一通の手紙で、私はもう『四月になれば彼女は』から後戻りができなくなってしまった。


かつての恋人に宛てた9年ぶりの手紙。それは日本から遥か彼方、ボリビアのウユニから送られてきた。

どうして彼女は1人で旅に出たのだろう?
どうして彼女はかつての恋人に手紙を送ったのだろう?
この二人はどうして別れてしまったのだろう?

たった4ページに書かれた手紙は、私を物語に引き込むだけの魔力を持っていた。




──読みながら思ったこと

物語序盤で衝撃だったのが、学生時代の藤代とハルが互いに惹かれ合い結ばれたにも関わらず、次の場面では月日が流れ数年後、藤代とハルはすでに別れていて、藤代は弥生との結婚を控えている事がわかる。


あんなに仲睦まじかった藤代とハルに何があったのだろう?
何故、ハルは手紙を書いたのだろう?
そして、幸せを迎えるはずの結婚式の打ち合わせもどこか影が伺える藤代と弥生。ただでさえ先の読めない展開に焦燥感が加速され、後戻りできなくなった。


あともう一つ、物語序盤で惹かれた箇所があって、それが藤代がハルの事を好きだと自覚するシーン。


ハルがいつの間にかに撮った藤代の横顔。自分でも見たことがない笑顔を見て、藤代はハルが好きだと気づく……え?なにその展開、最高か?


その後の展開で告白シーンがすっごい唐突なんだけど、それもそれで勢いがあって、本当に惹かれ合った二人なんだなぁと思わされる。


だからこそ読者目線で見ると、二人はすでに別れることが分かっている訳で、幸せな場面を見ているはずなのに、ひどく残酷な気持ちになってしまった。


物語に読み進めるうちに自分が一番気になっていたのが、『藤代とハルはどんな再開を果たすのか』という点。


愛し合いながらも別れてしまった二人が、9年の月日を経て、何を想い再び対面することになるのか。それが気になっていたので、ハルがすでに死んでしまったという事実を突き付けられたときには、ハンマーで思いっきりぶっ叩かれたような衝撃だった。

惹かれた表現・台詞など

とにかく心を揺さぶられる台詞が多いこと多いこと…。いくつかピックアップしていく。

「 写真に惹かれるということは、それを撮っているカメラマンの心に惹かれるということだ」

(引用:四月になれば彼女は P51/川村元気)
ハルと大島の会話より。

わたしは時計ではなく”時間”を撮りたかったのだと。

(引用:四月になれば彼女は P82/川村元気)
ハルの手紙より。

「 でも皮肉じゃない?自分のためだけに何十人、何百人も集まってくれるのって、結婚式とお葬式だけで。だけどその人生の一大イベントが、流れ作業で回っているわけだから」

(引用:四月になれば彼女は P103/川村元気)
藤代と弥生の会話より。
気づきたくなかった事実。

「昔は恋愛なんていつでもできると思ってたんだけどな。いまとなれば、それが物語のなかにしかなかったということに気づいたわけで」

(引用:四月になれば彼女は P125/川村元気)
藤代とタスクの会話より。

この国の天気雨は、いつでも虹を連れてくるのです。

(引用:四月になれば彼女は P160/川村元気)

ハルの手紙より。
ハルの言葉の選び方、感性がとっても好き。


「動物から見て、僕たち人間はどう見えますか?」
藤代は、檻から長い首だけを出してこちらを見ているキリンを見やる。
「僕ら以上に君達は退屈そうだ」
弥生は目の前で草を食むキリンの口の動きに合わせて、ふざけた口調で言う。
「そうですかね?」
「ああそうさ。檻の外にいるのに、まるで自由に見えない」

(引用:四月になれば彼女は P190/川村元気)

藤代と弥生の動物園デートより。

「神経衰弱みたいなものだと思うんです。一緒に時間を過ごしながら、伏せられているカードを一枚一枚めくって、自分と同じ部分を見つけていく。美しいところも、弱いところも。そうやって、少しずつ誰かを好きになっていくのかなと」
「でも女からすると、男のカードの少なさにいつもがっかりするの。男の見えない部分なんてわずかだし、とにかく手札が少ない。カードが全部めくれてしまったときに、次にするべきゲームは残されているのか、不安になる」

(引用:四月になれば彼女は P195/川村元気)

藤代と弥生の会話より。

愛を終わらせない方法はひとつしかない。それは手に入れないことだ。決して自分のものにならないものしか、永遠に愛することはできない。

(引用:四月になれば彼女は P198/川村元気)


東京を発つ頃に降り出した雨は、次第に春の雪へと変わっていった。

(引用:四月になれば彼女は P226/川村元気)

「 でも僕、思うんです。人は誰のことも愛せないと気付いたときに、孤独になるんだと思う。それって自分を愛していないってことだから」

(引用:四月になれば彼女は P250/川村元気)
藤代とタスクの会話より。

わたしは、わたしに会いたかった。
あなたのことが好きだった頃のわたしに。

(引用:四月になれば彼女は P263/川村元気)
ハルの手紙より。
どうして好きなのか説明はできないけど、この一文が一番好きかもしれない。

読み終えて

川村元気の作品は今回の『四月になれば彼女は』で初めて体験した。なんともとんでもない作家に出会ってしまったと思う。


彼の描く世界観を知ってしまった今、著者の他の作品に手を出したいと思う期待と、今まで知らなかった…知らないほうがよかったと思える後悔とが、自分の中でせめぎ合っている。


裏表紙のあらすじには、異形の恋愛小説なんて紹介があったがまさにその通り。今まで自分が抱いていた恋愛や結婚に夢を見る気持ち、当たり前だと信じていた常識が、手ですくった砂のようにサラサラとこぼれ落ちていく、そんな感覚を味わった。



「恋愛は美しく、正しいもの」そんな幻想を否定していく登場人物たち。そんな彼らが巡り巡って辿りついた答えだからこそ心に響くものがあったのだと思う。




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