「言葉は、言葉を生み出す心は、権威や権力とはまったく無縁な、自由なものなのです。また、そうであらねばならない。自由な航海をするすべてのひとのために編まれた舟。『大渡海』がそういう辞書になるよう、ひきつづき気を引き締めてやっていきましょう」
(引用:舟を編む P283-284/三浦しをん)
今回は2012年に本屋大賞を受賞した、三浦しをんの『舟を編む』の感想を語っていく。アニメ化、そして映画化もされているこの人気作は期待を裏切らなかった…!ネタバレありなので未読の方はコチラであらすじ等紹介しているのでよければとうぞ。
目次
感想
本屋大賞受賞も納得の面白さ。辞書作りにかける熱い思いを中心に、しかしそれだけではなく、コミカルさと恋愛模様も描かれていてサクサクと読み切れてしまった。
この『辞書作り』という新しい世界に触れたことが本書を読んで一番の収穫だった。
──辞書を引くたびにこの作品を思い出すだろう
今後の人生で、辞書を引くたびに『舟を編む』を思い出すだろう。そして引いた言葉を読みながら「誰かがこの言葉を載せたんだな」と思いをはせるだろう。
ちょっと大袈裟かもしれないが、そう思えるくらい辞書について思い入れができた。そう感じた人も少なくないだろう。
辞書が、『誰が』『どうやって』『何を思って』作られていたか、この本を読むまで知る由もなかった。
この物語がフィクションだとはいえ、世の中の辞書たちには同じような製作者たちの熱い想いが詰まっていると思うと、辞書の淡々とした言葉の羅列は無味乾燥のものではなく、一文字一文字を取捨選択した結果の結晶であり、完成した一冊はとてつもない努力の結果なんだと思い知らされた。圧倒されるとはこのことだろう。
よくその厚みから鈍器だとか言われるが、その質量以上の”重み”があることを教えてくれた。
普通に生きていたら知ることはなかったであろう、ある意味職人たちの仕事を知れてよかった。これだから仕事について描かれている小説はたまらない。
──静と動、馬締と西岡
名前のごとく真面目な馬締と、辞書作りには向いてなさそうなチャラさが特徴の西岡。この静と動のコンビがたまらなく好き。
あるゆる所が正反対の普通なら相容れないだろう二人が辞書を通じてお互い成長していく様子が『舟を編む』のもう一つの見所だと思う。
もちろん馬締と香具矢の恋愛模様ももどかしくてつい、応援したくなる面白さがあり見所ではあるが、どちらかというと、個人的には馬締と西岡のやりとりが印象に残ってるのが多い。
馬締は真剣な表情のまま、首を振った。「西岡さん。俺は西岡さんが異動になること、本当に残念です。『大渡海』を血を通った辞書にするためにも、西岡さんは辞書編集部に絶対に必要な人なのに」
(引用:舟を編む P168)
──『言葉は海であり、辞書とは海を渡っていく舟 』
辞書を扱う物語だけあって『言葉』や『台詞』も印象に残るものがたくさんあった。
辞書に魅入られた人々は、どうも西岡の理解の範囲から外れる。
《中略》
一種狂的な熱が、彼らのなかにうず巻いているようだ。かといって、辞書を愛しているのかというと、ちょっと違うのではないかと西岡は感じられる。愛するものを、あんなに冷静かつ執拗に、分析し研究しつくすことができるだろうか?憎い仇の情報を集めまくるに似た執念ではないか。
(引用:舟を編む P151)
馬締は真剣な表情のまま、首を振った。「西岡さん。俺は西岡さんが異動になること、本当に残念です。『大渡海』を血を通った辞書にするためにも、西岡かんは辞書編集部に絶対に必要な人なのに」
(引用:舟を編む P168)
「言葉の海は広く深い」
(引用:舟を編む P242)
「料理の感想に、複雑な言葉は必要ありません。『おいしい』の一言や、召し上がったときの表情だけで、私たち板前は報われたと感じるのです。でも、修行のためには言葉が必要です。」
《中略》
「私は十代から板前修行の道に入りましたが、馬締と会ってようやく、言葉の重要性に気づきました。馬締が言うには、記憶とは言葉なのだそうです。香りや味や音をきっかけに、古い記憶が呼び起こされることがありますが、それはすなわち、曖昧なまま眠っていたものを言語化するということです」
(引用:舟を編む P266-267)
『記憶とは言葉』、『曖昧なまま眠っていたものを言語化する』
納得しかない。
「言葉は、言葉を生み出す心は、権威や権力とはまったく無縁な、自由なものなのです。また、そうであらねばならない。自由な航海をするすべてのひとのために編まれた舟。『大渡海』がそういう辞書になるよう、ひきつづき気を引き締めてやっていきましょう」
(引用:舟を編む P283-284)
「まじめさーん、お客さまです」
《中略》
女性社員の呼びかけに応え、男は振り返った。銀縁の眼鏡をかけている。「にもかかわらず、あだ名は『メガネ』ではなく『真面目』」と、荒木がまたも気を引き締めるあいだに、男はひょろ長い手足を持てあます風情で、ゆっくり近づいてきた。
「はい、まじめですが」
な、なにーっ。まさか、本人も真面目を自認しているとは!
(引用:舟を編む P21-22)
このコミカルさもいい。本編の辞書作りが真面目な分、合間あいまに入る登場人物たちのやりとりでバランスが取れている。
最後に
学生のころは何気なく使っていた辞書だけど、多くの人の執念と情熱が詰まっていたのだな、と思い知らされた。『船を編む』を読んだら、電子辞書でなくてGoogleでもなくて、紙の辞書で言葉を調べてみたくなるだろう。きっとそこから彼らの情熱が感じられるはずだ。
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