「何をしているつもり?」犀川がきいた。
「えっと、そうですね……」囁くように西之園は答える。「静けさをときどき愛してあげたいかなって」
(引用:ηなのに夢のよう P86/森博嗣)
森博嗣のGシリーズの第6段『ηなのに夢のよう』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。
前回の感想はコチラ。
【『λに歯がない』の感想】
【『Gシリーズ』一覧まとめ】
目次
あらすじ
地上12メートルの松の枝に、首吊り死体がぶら下がっていた。そばには、「ηなのに夢のよう」と書かれた絵馬が。その後も特異な場所での自殺が相次ぐ。一方、西之園萌絵は、両親の命を奪った10年まえの飛行機事故の真相に近づく。これら一連の事件に、天才・真賀田四季は、どう関わっているのか──?
(引用:ηなのに夢のよう 裏表紙)
感想
S&M→V→四季→Gとシリーズを駆けてきて、ここにきて萌絵の飛行機事故について言及されてくるとは……。愛犬・トーマの死、10年前の飛行機事故の克服、那古野を離れ東京へ……と、萌絵にとっては大きな変化があった1冊だった。
正直、なかなか先が見えなければ、先も読めない展開のGシリーズだが、萌絵の変化や、妃真加島への訪問、真賀田四季の登場?など今までにない進展を見せた巻で非常に見所があった。
そんな中、メイン?の事件である『特異な場所で起こる首吊り自殺』だが……個人的には真賀田四季関連のほうに興味が惹かれすぎて、どちらがメインかわかったもんじゃなかったな。
紅子の言葉を信じれば今回の一連の自殺騒動は、殺人ではなく本当にただの自殺だったし……まぁ紅子の登場でテンションあがって、なおかつ彼女から今回の騒動の答え合わせがあるとは思わなかった。
──久慈昌山、実は超重要人物…!?
紅子と一緒にヘリコプタに乗った『久慈昌山』という人物がいる。30代前半、アメリカのGF社の医療部隊と説明があるが、実は初登場の人物ではない。
シリーズは違うのだが、四季シリーズ『冬』に彼は登場している。順番的にGシリーズのほうが後だし『冬』のネタバレに多少触れてしまうのはご容赦願いたい。
『冬』で久慈昌山だと明言されるのはP164。『ηなのに夢のよう』では30代と紹介される久慈だが、『冬』ではおそらく100歳超えの老人。『η』から考えれば『冬』の舞台は70年後くらいだろうか。『冬』ではウォーカロンが登場することで未来なのかなぁとは想像していたが、ここで繋がるとは思いもしなかった。
ちなみに『冬』で久慈は四季の子孫に対して画期的な手術をほどこした超重要人物。詳細は『冬』を読んでくださいな。
──”実験”
”実験”というワードが印象に残った巻だった。しかも、そんじょそこらの実験とは訳が違う、普通じゃありえないような実験。
「いや、おそらく、実験の一環だったと」
「実験?」
「水に石を投げると、輪が広がっていく。子供がする実験だ」
「親が死んだら、どうなるか、それを見たかったという意味ですか?」
「否定はしない」
(引用:ηなのに夢のよう P99)
「たとえば、自殺願望の人を扇動するっていうんですか、そういうことをする目的、あるいはメリット、うん、それがわからない」
《中略》
「まあ、あるとすれば、そういった状況で、人間がどう行動するのかが見られる、ということかな」
「は?」
「なんというか、マウスの実験みたいな」
(引用:ηなのに夢のよう P231)
「いいえ、自殺をした人は、そのストーカは、あの場所を紹介されたの。ストーカというのは、見たい人なんです。そのベランダに死体があって、それを発見するところを見たい。そういう嗜好なの。深川先生だって同じだわ。自分が書いたものが、どう社会に影響するのかを見たかった。ネットにあるηを知っていて、でも、誰もそれをしない。そこで、最初の石を投げてみたんじゃないかしら」
(引用:ηなのに夢のよう P261)
どれも人の死を扱った現代社会ではとてもできない実験の数々。この”実験”は今後のGシリーズの伏線になってたりするのかな。
──妃真加島にいた女
P207-214の短い間をだが、真賀田四季らしき人物が実際に登場する。本人だとしたらGシリーズでの実際の登場は初だったはず……?
紅子たちが去っていくヘリコプタを見送るように書かれているが、実際の時系列かどうかは不明。普通に読めば同じ時系列だろうが、ヘリコプタの描写だけでは断言できない。四季関連となる疑い深くなってしまう……。
他の人格と話している様子、過去の研究所周辺の様子を知っていることから真賀田四季(またはクローン?)だとは思われる。
「回収終わり」と発言していることから、何かしらを取りにきたようだが、本人がわざわざ何年越しに、何を取りにきたのか……疑問は深まるばかりである。
──飛行機事故についての備忘録
・金子(S&Mシリーズにも登場、N大出身者)も10年前の飛行機事故で家族を失っている。
・飛行機事故に真賀田四季関与の疑いがある。
・ネット上だが、「あの飛行機事故を起こした」と言っている組織が存在する。
・「あれは、人為的な破壊工作の結果だろう」「憶測だが、その可能性が最も高い」犀川談。
・原因は世界中に広がりつつあったコンピュータチップすべてに組み込まれた傷
「飛行機が落ちた理由がわからないのは、それがハード的な差為ではなかったからだ。チップに残ったコードは、たとえ、それをすべて取り出すことができても、誰にも完全に解読はできない。それを作った者にしかわからない。そのチップは、明らかにほかのものよりも優れていたから、あっという間に普及した。これまでにないアーキテクチャだった。しかし、細部に至るまで構造のすべてがチェックされていたわけではない。そんなことはできないんだ。何故なら、人類の誰にも、それを作り出すことができなかったんだからね、ただ一人を除いては」
(引用:ηなのに夢のよう P92-93)
・飛行機事故は実験だった?親が死んだら萌絵がどうなるか見たかった?
・沓掛周辺では、テロとして認識されている。
──印象に残ったセリフ・名言
「通常、自殺というのは、本人にとって、最も簡単な手法が選択される」海月が言った。
《中略》
「どうして、簡単な手法が選ばれるわけ?」
「難しい手続きこそが、生きていくこと、生き続けることの象徴だからだろう」
(引用:ηなのに夢のよう P58-59)
「どう思われます?この事件」
「うん」犀川は小さく頷いた。「あまり、関わらないほうが良いね。とても危険だ」
「どういった点が危険ですか?」
「悪事が行われていない、という点だ」犀川は言った。
(引用:ηなのに夢のよう P144-145)
一連の自殺騒動に対して、常識を逸した自殺が続いていて、不安、不快がつきまとうなか、「悪意がない」と冷静に言い放つのが犀川先生らしい。メタ的に言えば、その視点で語れる著者が凄まじい。
理由がわからないから不安になる。理由がわからないから怖い。しかし求めていた真実が納得できる理由を含んでいるとは限らない。このあとの犀川と萌絵の議論が現代社会に言及している部分もあってなかなか面白い。
一回生きて、一回死ぬ。
自殺は、自分を殺すこと。殺人は、他人を殺すこと。そのいずれもが、殺す理由は、殺した者の理屈であって、死んだ者の理屈ではない。死んだ者には、死ぬ理由はなかった。
(引用:ηなのに夢のよう P266)
最後に
本編とはまったく関係ないけど、萌絵の一人称がGシリーズでは『萌絵』じゃなくて『西之園』なんだね。今更気づいた。
犀川が、「両親が死ぬことで萌絵がどうなるか見るために飛行機事故を起こした」と推測があった。これに関しては四季ならそんな実験をしなくても想像で補えそうと思う一方、犀川は「水に石を投げると、輪が広がっていく。子供がする実験だ」と言っていた。
その言葉通り、四季にとってあの飛行機事故は結果のわかっている子供の実験に過ぎなかったのかな。
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