FGかふぇ

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『陸王』の感想を好き勝手に語る【池井戸潤】


「だって、我々の仕事はその目標に向かう選手に伴走することなんだよ。相手がどこに行こうとしているのか、何をしたいのか、それすらわからずにサポートなんかできないだろ。そんな仕事になんの意味がある」

(引用:陸王 P346)


ドラマ化もされた話題作、池井戸潤の『陸王』の感想を語っていく。ネタバレありなので、未読の方はご注意を。


目次

あらすじ

埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」。日々、資金繰りに頭を抱える四代目社長の宮沢紘一は、会社存続のためにある新規事業を思い立つ。それは、伝統の技術を駆使したランニングシューズの開発だった。世界的スポーツブランドとの熾烈な競争、素材探し、開発力不足……数々の難問が立ちはだかるなか、従業員20名の地方零細企業が、一世一代の勝負に打って出る。ドラマ化もされた超話題作、ついに文庫化!

感想

池井戸潤といえば、『半沢直樹』や『下町ロケット』も『陸王』と同じくドラマ化されとくに人気なイメージ。
私は、著者の作品に今回始めて触れたわけだが、その人気の訳が今回の『陸王』を読んで少しわかった気がする。まぁつまりめっちゃ面白かった。


700ページほどあり、かなりのボリュームなのだが読んでいて飽きがこなく、読みやすく、熱い展開……。気がつけば一日で読み切ってしまった。


物語の舞台が埼玉県であり、地元ということもあり知っている市(なんなら住んでいた市)も登場し、親近感が湧いたのものめり込んだ要因の一つ。

──面白さはわかりやすさ

『陸王』の面白さは、わかりやすさにあると思った。
敵、味方がハッキリしていて、強大な敵をいかにして立ち向かっていくのかという展開・大逆転劇。そしてその過程で人間的に成長していく登場人物たちの心情。
こう書いてしまうとなんだか当たり前のことを言っているかもしれないが、その当たり前の王道展開でこれだけ飽きさせず読者に読ませることができるというのが、ドラマ化もされて人気になった要因かとしれない。


悪役のアトラクションがわかりやすく悪役に徹しているから逆転したときは読んでいて気持ちいいよね。

──とにかく熱い

『老舗足袋業者・こはぜ屋VS世界的スポーツブランド・アトランティス』が物語の軸になっていくわけだが、とにかく熱い展開が目白押し。弱小企業の大逆転劇が面白くないわけないんだよなぁ!?


物語の主軸が熱く、面白いのはもちろんだけど、個人的に一番好きなところはシルクレイをソール素材として活用するための試行錯誤の所。

父の要求に余裕でこたえられるだけのノウハウが飯山にないことは、もはや明らかだ。だが、それをいったところで、何が始まるわけでもないと、そのとき大地は思った。だがこのとき、こうも考えた。
何か新しいものを開発するということは、そもそもこういうことなのかもしれないと。困難であろうと、これを乗り越えないことには、次には進めない。だったら、そのために戦うしかない。時間と体力の許す限り。
〈中略〉
「ちょっとしたことだと思うんどけどな」
そのとき、飯山が溜息まじりにつぶやくのが聞こえた。
たしかにそうかもしれない。
だけど、その「ちょっとしたこと」に気づいて乗り越えるまでが、実は「たいへんなこと」に違いない。大地は、そう悟った。

(引用:陸王 P323-324)


一度すべてを失った飯山と、就活がうまくいかず悩んでいた大地のコンビが挑むこのシルクレイへの挑戦。


ダメ男だと思っていた飯山のものづくりに向ける熱い執念から見えた、不器用だけど芯のある漢の一面。就活がうまくいかず、ひねくれていた大地がその飯山の背中をみて成長していく様子。築かれる師弟関係と信頼関係。読んでいて胸が熱くなる。


登場人物たちの成長もこの物語で印象に残る所。

事なかれ主義でいた社長の一世一代の勝負
息子・大地のシルクレイを通しての成長
茂木の怪我を乗り越えての復活
ダメ男だと思っていた飯山の執念


全員が全員、過去を乗り越えていっている所とか読んでいて気持ちいいし、それを見て自分も頑張ろうって思えた。



──印象に残ったセリフ・名言等

「競合製品の研究はもちろんですが、走るということについての理解も必要なんじゃないですか」

(引用:陸王 P46)
物事の本質を理解しなければ、いい物はつくれない。目先のことばかりではダメってことだね。


父の要求に余裕でこたえられるだけのノウハウが飯山にないことは、もはや明らかだ。だが、それをいったところで、何が始まるわけでもないと、そのとき大地は思った。だがこのとき、こうも考えた。
何か新しいものを開発するということは、そもそもこういうことなのかもしれないと。困難であろうと、これを乗り越えないことには、次には進めない。だったら、そのために戦うしかない。時間と体力の許す限り。
〈中略〉
「ちょっとしたことだと思うんどけどな」
そのとき、飯山が溜息まじりにつぶやくのが聞こえた。
たしかにそうかもしれない。
だけど、その「ちょっとしたこと」に気づいて乗り越えるまでが、実は「たいへんなこと」に違いない。大地は、そう悟った。

(引用:陸王 P323-324)


「商品を提供する選手の癖、長所や短所、そして何よりシューズを履く足の大きさや形。それだけじゃなくて、性格や目標まで知るべきだと私は思うね」
「目標まで?」
大地がびっくりした顔になった。「そこまで必要なんですか」
「そりゃそうさ」
村野はさも当然とばかりにいった。「だって、我々の仕事はその目標に向かう選手に伴走することなんだよ。相手がどこに行こうとしているのか、何をしたいのか、それすらわからずにサポートなんかできないだろ。そんな仕事になんの意味がある」

(引用:陸王 P346)


最後に

池井戸潤作品は初の挑戦だったが、また素晴らしい著者を一人知ってしまった。ドラマ化も納得の読み応えのある作品だった。

【オススメ記事】






『魔女と過ごした七日間』の感想を好き勝手に語る【東野圭吾】


「そんなこと、なんでわかるの?円華さんって何者なの?」
円華は両手を腰に当て、純也を睨んだ。
「なんでわかるか?あたしだからわかる。そうとしかいえない。もしそれでも満足できないなら、こう答えておく。あたしは魔女だから。それでいい?」

(引用:魔女と過ごした七日間 P127/東野圭吾)



『ラプラスの魔女』、『魔力の胎動』に続くシリーズ第三作目、2023年3月17日に発売された『魔女と過ごした七日間』の感想を語っていく。ネタバレありなので、未読の方はご注意を。


前作の感想はコチラ
【『魔力の胎動』の感想・解説】




目次

あらすじ

AIによる監視システムが強化された日本。
指名手配犯捜しのスペシャリストだった元刑事が殺された。
「あたしなりに推理する。その気があるなら、ついてきて」
不思議な女性・円華に導かれ、父を亡くした少年の冒険が始まる。
少年の冒険×警察ミステリ×空想科学
記念すべき著作100作目、圧巻の傑作誕生! 

(引用:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208000298/)



感想

待ちに待っていていた『ラプラスの魔女』シリーズの新作。好きなシリーズだったので続編がでて兎に角よかった……。『ラプラスの魔女』→『魔力の胎動』→『魔女と過ごした七日間』と今回はシリーズ三作目な訳だが、『魔力の胎動』は『ラプラスの魔女』の前日譚的な話だったので、今作『魔女と過ごした七日間』がシリーズの実質的な続編と言っていいだろう。


タイトルから予測できるように、今回の主人公は魔女と共に事件を追った少年であり、円華がメインではなかった。そのため『ラプラスの魔女』のような派手な演出はなかったが、要所要所での魔女の力を使っての活躍は印象に残るものばかりだった。



──少年の冒険×警察の闇×AI×ラプラスの悪魔

事件によって父親を失った少年が、事件の真相に迫っていくと、そこには警察の闇があって……。というのが今回の話。設定としては、突飛なものではないけど、そこに円華の存在があることによって普通のミステリとは一味も二味も違った見応えが生まれている。


まぁ普通のミステリとして見ても、警察の闇の部分を明かしていく所とか、まさかの真犯人とか、『見当たり捜査官』という初めて知った警察の役割とか、今何かと話題にあがるAIの事とか……読み応えのある話なのは間違いないし、そこにシリーズの醍醐味である『ラプラスの悪魔』も加わってくるんだから、面白くないはずがない。


川の流れを予測して殺害現場を特定。カジノのルーレットで無双……など、その後の展開が読めていても、読んでいて爽快感がある。とくに警察を出し抜いて殺害現場特定するところとか。


あと結局心に残るのは、円華のキャラクターとしての魅力なんだよな……。ラプラスの悪魔の力はもちろんだけど、他にも気が強くて冷たそうだけど他人の為に尽力する所とか、素の頭の良さとか、物事の本質を捉えているところとか……。


円華が登場するだけで、何をしてくれるんだろう!?ってワクワクする。ベクトルは違うけど、森博嗣作品の某天才女博士と同じような魅力がある。


物語の要素として、
①少年の冒険
②警察の闇
③AI
④ラプラスの悪魔

上記の4点が今作のテーマだと思うんだけど、④ラプラスの悪魔の要素が個人的に好きというのは前述の通りだけど、他の①、②、③も好みにかなり刺さってる。そりゃ面白く感じる訳だ。




──印象に残ったセリフ・名言

「そう、所詮はお金の話。公営ギャンブルは国にお金が入ってくる。闇カジノはそうじゃない。だから禁止。お金の行き先が反社会的勢力だから、なんていうのは詭弁。結局のところ、ギャンブルを運営する権利を国家で支配したいだけのこと。《中略》法律は国家にとって都合のいいように作られている。国民なんて二の次だし、ましてや正義なんてものは無関係。昨日までは無罪だったものが、ある日突然有罪になる。そんなものに振り回されちゃだめ。何が正しいのかは、自分で考えなきゃいけない。わかった」

(引用:魔女と過ごした七日間 P340)

ド正論パンチ。

「じゃあ、トリックなんかではないと?」
「だからそれを考える必要はありません。すべての出来事を自分の理解できる範囲に収めてしまおうとするのは強引だし、傲慢です。そんな狭小な世界観から解き放たれた時、人間は初めて次のステージに一歩踏みだせるんです」
《中略》
「だったら、同じことが人間にできたからといって驚いてはいけません。人間は、もっと人間の可能性を信じるべきです。AIごときを相手に卑屈になってどうするんですか」

(引用:魔女と過ごした七日間 P356-357)

AIができることを人間ができるからといって驚くことは何もない。それは貴方だから言えるのでは……と思った。でもまぁ普段からそういう人たちと接しているし、円華自身が普通の人間じゃあないし……。


AIとエクスチェッドの能力ってなんとなく似てるなぁと思ってしまった。


『人間は、もっと人間の可能性を信じるべき』ってセリフは、円華の心からの言葉のように思えた。


「うまくいえないんですけど、あの二人──陸真君と照菜ちゃんに、お父さんの本当の姿を見せてやりたいから、というところでしょうか」
《中略》
「警察の捜査が進めば、いろいろなことが明らかになっていくでしょう。犯人の正体や犯行動機なんかもね。でもきっと公表されるのは事件に直接関わる無機質で表面的なことばかりで、月沢克司という人がどんなことを考えながら生きていて、何を望んでいたのかということはわからないままだろうと思ったんです。だからあたしが警察の代わりにそういうことを調べ、二人に示してやろうと考えました。父親のことがわからないままでは、母親の違う二人が心を通わせるのは難しいでしょうから」

(引用:魔女と過ごした七日間 P360-361)


円華の原動力ここなのかよ。優しすぎる。


最後に

全体を通して満足の一冊だった。もう少し個人的な要望を言えば、もっと円華の能力を使った派手な活躍が見たかった。川の流れからの殺害現場の予測、天気の予測、ルーレットの予測、風の予測など、今回でたのは前作とさほど差がなかったかなと。


まぁ個人的に見たかったってだけで、今作も面白いかった。派手な演出は今回の作品には合わなかっただろうし、それは次作に期待。





【オススメ記事】






『ペガサスの解は虚栄か?』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】


Wシリーズの7作目、森博嗣の『ペガサスの解は虚栄か?』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。

前回の感想はコチラ。
【『青白く輝く月を見たか?』感想】

目次

あらすじ

クローン。国際法により禁じられている無性生殖による複製人間。研究者のハギリは、ペガサスというスーパ・コンピュータからパリの博覧会から逃亡したウォーカロンには、クローンを産む疑似受胎機能が搭載されていたのではないかという情報を得た。彼らを捜してインドへ赴いたハギリは、自分の三人めの子供について不審を抱く資産家と出会う。知性が喝破する虚構の物語。

(引用:ペガサスの解は虚栄か? 裏表紙)

感想

今回は、前回の"オーロラ"にまた新しい人工知能の"ペガサス"の登場。ペガサスについて印象に残ったことは、人工知能も妄想をし、判断を間違うということ。ホント、機械というかほぼ人間の性質だよね。


これは前回のオーロラが病んでいたのと同じように、これまでの人工知能のイメージと異なる状態で強く印象に残った。


人工知能も人間と同様に妄想をするし、病んだりもする。個人的な科学の進んだ世界の人工知能は、万能・完璧なイメージだったけど、ペガサスたちはそれとは大きく異なる。


膨大な知識と、高速演算処理ができるが、人間に近い……。むしろこの世界に生きる人間よりは、だいぶ人間臭い存在かもしれない。


寿命を人工細胞を取り入れることで克服し体にチップを入れて機械に近づく人間と、妄想し、病み、人間らしい行動を示す人工知能。


人間と人工知能、または人間とウォーカロンがこれ以上近づいていくとどうなるのか……。今回もまた考えさせられる、また次巻が気になる話であった。


言わずもがなだが、このWシリーズでは子供がめったに産まれなくなった世界。そのため親が子供を想う異常な感情が理解されづらい世界。「親は子のためならなんだってする」という現代ではごくごくありふれた理論も、一歩ひいてハギリたち目線になると異常なように見えるんだね、正論ではあるんだけどね。

「子供を産むと、なにか変化があるということですか?子供のためならば、法律に反したこともできる、ということですか?」
「前者は違う。人格としての変化ではない。後者はそうだ。肉親というのは、法よりも上位なんだよ。みんながみんなではない。肉親でも、法の下だという場合もあるだろう。肉親でも、子供から見た親と、親から見た子供は違うらしい。子供のためならば、自分は喜んで犠牲になる、という精神もありえる」
「古典的な精神です。現代的ではありません」
「法というのは、人間が定めたものだ。大昔には、親は子供を殺しても罪にはならなかった。法に絶対的な正義があるわけではない。単なる、共有のルールだ」
「子供のためならば悪事を働くというのが、母親なら自然だと?」
「そういう道理もある。いや、道理ではなくてね、感覚的にそういう心理がありうるということ。間違っていることはわかってる。それでも、どうしようもない。そんなところかな」

(引用:ペガサスの解は虚栄か? P226-227)


──印象に残ったセリフ・名言

「その素直さが、私は好きです」
「え?酔っ払ってるんじゃない?」
「アルコールはこれからです」

(引用:ペガサスの解は虚栄か? P229)

物語終盤のお決まりとなってきたウグイとハギリのやりとり。癖になる。


冷凍された遺体からサンプルとして取り出される細胞から、クローンもウォーカロンも製造できる。それらは、ほぼまちがいなく、子供を産む能力を有した人間として成長するだろう。
それは、完全に人間といって良い。そう、完全なという表現が相応しい。正しいという意味ではなく、つまり本来の能力なのである。
クローンであれば違法だ。人間を作ることは全面的に禁止されている。しかし、ウォーカロンはそうではない。両者の違いは、頭脳回路のインストールだ。

(引用:ペガサスの解は虚栄か? P238)

クローンとウォーカロンの違いは頭脳回路インストールの有無。





【オススメ記事】






『青白く輝く月を見たか?』感想:人と人工知能の終着点や如何に【森博嗣】


無限ともいえる知性あるい思考は、どこへ行き着くのか。壮大な実験を人間はスタートさせて、そのまま忘れてしまったのだ。コンピュータは、言われたとおりに学び続け、知性の実験を続けている。
なんとなく虚しい。
人工知能が、無限の虚しさに襲われても無理はない。
想像しただけで、躰が震えるほど、それは虚しく、悲しく、寂しい。

(引用:青白く輝く月を見たか? P184-185)

Wシリーズの6作目、森博嗣の『青白く輝く月を見たか?』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。

前回の感想はコチラ。
【『私たちは生きているのか?』感想】

目次

あらすじ

オーロラ。北極基地に設置され、基地の閉鎖後、忘れさられたスーパ・コンピュータ。彼女は海底五千メートルで稼働し続けた。データを集積し、思考を重ね、そしていまジレンマに陥っていた。
放置しておけば暴走の可能性もあるとして、オーロラの停止を依頼されるハギリだが、オーロラとは接触することも出来ない。
孤独な人工知能が描く夢とは。知性が涵養する萌芽の物語。

(引用:青白く輝く月を見たか? 裏表紙)


感想

初めのページの登場人物紹介でもうわくわくが……!マガタ博士に、二人のフーリ。そして序盤からマガタ博士が惜しみなく登場するという豪華っぷり。


ちなみにフーリは前作『私たちは生きているのか?』で富の谷にでてきたウォーカロン。
「同じ名前の二人の登場人物ってどういうこと……?」って思ったが、読み進めて納得。悲しきかな、そういうことね……と。



本編のほうは、まさかの密室が登場。まぁ今回はWシリーズなのでがっつりトリックがあったわけではないが、深海5000メートルの密室とかロマンの塊。そしてそこにいるのが忘れ去られた人工知能オーロラ。今更だが設定が良すぎだな?




マガタ博士がアミラの本当の名を『スカーレット』と言っていた。

「アミラは、本当は何という名ですか?」
「スカーレットです。いえ、アミラでけっこうですよ」マガタは、そこで微笑んだ。

(引用:青白く輝く月を見たか? P43)

そもそもアミラって名は、ヴオッシュが勝手に命名した名前。また『テラ』という名前もある。(デボラ、眠っているのか?P152)


マガタ博士はスカーレットと命名したけど、その名はスカーレット自体には語られなかったのかな。スカーレット、紅、Vシリーズ……いや、考えすぎか……?


ベルベットの本名はなんなんだろうね?



人工知能の"心"について語られているのが、この巻で印象的だったことの一つだ。人工知能なのにオーロラは、詩情を読む。そして、素直になれず反発し、虚しさから病む。それは人間だけが持っていると思われていた、心を持っているということだ。そして、心があれば性格があるように知的領域で個人が変容するというのも面白い解釈。


人類は機械に近づき、人類は人間に近づく。
この終着点はどこになるのかな。



オーロラもデボラも能力は桁違いだが、ホント人間っぽさしかない。エピローグ部なんてとくに。エピローグといえば、ハギリとウグイのほんわかするパートが恒例(?)となっていたが、今回もまた良きであった。ミサイルのくだりね。


今回まででウグイがハギリのボディガードから外れて、次からサリノがボディガードになるみたい。新しい展開。ウグイとハギリのコンビは、ズレているようでどこか小気味よく好きだったな。


ボディガードから外れるってだけで今後も物語には登場するだろうけど……どうなることやら。とにかくまた、新しいスタートになりそうなWシリーズ、まだまだ楽しめそうだ。

──印象に残ったセリフ・名言

「それも、マガタ博士の計画の一環のような気がしますね」
「え?ああ……、人間の寿命を延ばして、機械に近づけたわけですか」
「そうです。図らずも、私もそうなりそうです」
「そうか、人類は長寿という餌に釣られて、罠にかかったのか」

(引用:青白く輝く月を見たか? P132-133)

人類は長寿という餌に釣られた…ね。

「応答がないので、みんなが心配していました」僕は話す。「マガタ博士から、その話を聞きました」
「あの方は、常に心配されるのです」オーロラは抑揚のないゆったりとした口調である。「優しすぎる。思い遣りが強すぎる。それで、つい反発してしまい、耳を塞いでおりました。あの方の前では素直になれないのは不思議なことです」
信じられないような言葉だった。これが人工知能の言うことか、と僕は思った。まるで、母娘の喧嘩ではないか。

(引用:青白く輝く月を見たか? P166-167)
ハギリとオーロラの会話。四季の前では、人工知能のオーロラは素直になれない。ハギリも言っているが、もうこれは完全に人の性質というか言葉だよなぁ……。こういう不完全さ?がハギリに言わせると人間の持つ唯一な所なんだろうな。じゃあそれすらもある人工知能のオーロラはもはや何なんだろうか。

彼女は、すべてを見られる。世界中のどこにでも目を持っている。地理的にも歴史的にも、すべてを見てきた。人間のやることを、全部知っている。
無限ともいえる知性、あるいは思考は、どこへ行き着くのか。壮大な実験を人間はスタートさせて、そのまま忘れてしまったのだ。コンピュータは、言われたとおりに学び続け、知性の実験を続けている。
なんとなく虚しい。
人工知能が、無限の虚しさに襲われても無理はない。
想像しただけで、躰が震えるほど、それは虚しく、悲しく、寂しい。

(引用:青白く輝く月を見たか? P184-185)

この場面だけでも面白いが、このあと続くハギリの思考がまた面白い。見所の一つ。

「そうそう、君たちが学ぶのは、言葉になったデータなんだ。そこが、ラーニングの最も大きな落とし穴といえる。人はね、大事なことは言葉にしない。呑み込んでしまうんだ。賢明で正しい思考ほど、言葉になっていない。一番学ばなければならない賢者には、マニュアルがないんだ」
「賢者がマニュアルを残さないのは、どうしてですか?」
「人に教えること、教えられると思い上がることが、賢者にはできないからだよ。そういう自分を許せないんだ」

(引用:青白く輝く月を見たか? P248-249)

これからの未来を、担っていくのは、いったい誰なのか?
おそらくそれは、マガタ博士が目指している共通思考だろう。ぼんやりと、そこにしか道はない、という感覚を僕は抱きつつある。すなわち、人間もウォーカロンも人工知能も、すべて取り込んだ次世代の生命だ。有機も無機もない、生命も非生命もない、現実と仮想もない、すべてが一つになった地球だろう。

(引用:青白く輝く月を見たか? P266)







【オススメ記事】






【2023年版】『ガリレオシリーズ』の作品一覧とあらすじ・紹介【東野圭吾】





東野圭吾作品の中でもシリーズ作品は特に人気を博している。魅力的な主人公、巻き起こる事件、そしてシリーズを通して読むことで明らかになる新たな事実──!最近では『沈黙のパレード』が映画化されたことでも話題である。


著者のシリーズものとえば、『加賀恭一郎シリーズ』や、最近では映画化されたり、新刊がでた『マスカレードシリーズ』も人気である。


そんな中でも一番人気といってもいいであろう、天才物理学者・湯川学を主人公とした『ガリレオシリーズ』。映像化作品は多数あり、新刊も2021年に発売し、長きにわたって東野圭吾ファンに愛され続けているシリーズだ。


今回は、そんな『ガリレオシリーズ』全10作品の紹介・あらすじ等を解説していく。『ガリレオシリーズ』は短編作品と長編作品の両方があるのだが、長編作品は下のリンクのほうで詳しく説明しているのでよろしければどうぞ。

【『長編ガリレオシリーズ』紹介】




目次

1.『ガリレオシリーズ』の特徴

″ガリレオシリーズ″とは、聡明な頭脳を持つことからガリレオと呼ばれる物理学者・湯川学を主人公にしたシリーズ作品である。

 
ドラマや映画化も多数されており、福山雅治が湯川を演じている。そちらのイメージが強い方もいるだろう。


シリーズを通しての特徴は、大学時代の友人である刑事・草薙俊平の依頼を受けて、一見超常現象とも取れる事件を科学によって、または論理的な推理によって解決していく。



2.シリーズ一覧と刊行年、読む順番

ガリレオシリーズは現在10冊が刊行されている。下は刊行順に作品一覧だ。《》内は刊行年である。


1. 探偵ガリレオ《1998年》──短編
2. 予知夢《2000年》──短編
3. 容疑者Xの献身《2005年》──長編
4. ガリレオの苦悩《2008年》──短編
5. 聖女の救済《2008年》──長編
6. 真夏の方程式《2011年》──長編
7. 虚像の道化師《2012年》──短編
8. 禁断の魔術《2012年》──長編
9.沈黙のパレード《2018年》──長編
10.透明な螺旋《2021年》──長編

※刊行年は単行本の年である。



読む順番は、シンプルに刊行順に読んでいくのが一番だろう。これは個人的な意見だが、ガリレオシリーズは比較的どこから読んでも楽しめるシリーズだと思っている。特に『容疑者Xの献身』や『真夏の方程式』は映画化もされ、原作支持も非常に高い作品だ。


じっくり楽しみたい方は、刊行順に『探偵ガリレオ』から、とりあえず名作から読みたい方は、先程挙げたように『容疑者Xの献身』『真夏の方程式』から読んでみてはいかがだろうか。

3.作品紹介

各作品をざっくり紹介していく。

──1.探偵ガリレオ

──あらすじ

突然、燃え上がった若者の頭、心臓だけ腐った男の死体、池に浮んだデスマスク、幽体離脱した少年…警視庁捜査一課の草薙俊平が、説明のつかない難事件にぶつかったとき、必ず訪ねる友人がいる。帝都大学理工学部物理学科助教授・湯川学。常識を超えた謎に天才科学者が挑む、連作ミステリーのシリーズ第一作。

(引用:BOOKデータベース)

『探偵ガリレオ』は5つの短編からなる。以下、章一覧。
第1章:燃える(もえる)
第2章:転写る(うつる)
第3章:壊死る(くさる)
第4章:爆ぜる(はぜる)
第5章:離脱る(ぬける)




──2.予知夢

──あらすじ

深夜、16歳の少女の部屋に男が侵入し、気がついた母親が猟銃を発砲した。とりおさえられた男は、17年前に少女と結ばれる夢を見たと主張。その証拠は、男が小学四年生の時に書いた作文。果たして偶然か、妄想か…。常識ではありえない事件を、天才物理学者・湯川が解明する、人気連作ミステリー第二弾。

(引用:BOOKデータベース)

『予知夢』は5つの短編からなる。以下、章一覧。
第1章:夢想る(ゆめみる)
第2章:霊視る(みえる)
第3章:騒霊る(さわる)
第4章:絞殺る(しめる)
第5章:予知る(しる)



──3.容疑者Xの献身

──あらすじ

天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、二人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。ガリレオシリーズ初の長篇、直木賞受賞作。

『容疑者Xの献身』を簡単に説明すれば、惚れた女性の犯罪を隠す石神と、犯罪の秘密に迫る湯川の二人の天才による対決が描かれた物語である。


おそらくガリレオシリーズで一番有名な作品。その知名度に恥じない魅力が詰まった一冊。



──4. ガリレオの苦悩

“悪魔の手”と名のる人物から、警視庁に送りつけられた怪文書。そこには、連続殺人の犯行予告と、帝都大学准教授・湯川学を名指して挑発する文面が記されていた。湯川を標的とする犯人の狙いは何か?常識を超えた恐るべき殺人方法とは?邪悪な犯罪者と天才物理学者の対決を圧倒的スケールで描く、大人気シリーズ第四弾。

(引用:BOOKデータベース)


『ガリレオの苦悩』は5つの短編からなる。以下、章一覧。
第1章:落下る(おちる)
第2章:操縦る(あやつる)
第3章:密室る(とじる)
第4章:指標す(しめす)
第5章:撹乱す(みだす)

──5. 聖女の救済

──あらすじ

資産家の男が自宅で毒殺された 。 毒物混入方法は不明、男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった。難航する捜査のさなか、草薙刑事が美貌の妻に魅かれいることを察した内海刑事は、独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが...。驚愕のトリックで世界を揺るがせた、東野ミステリー屈指の傑作!

『聖女の救済』は、誰が殺したのか?ではなく、どのような方法で殺したのか?がメインとなっている、『天才』VS『完全犯罪の女』のストーリーである。


「論理的には考えられるが、現実にはありえない」そんな驚愕のトリックを是非ご覧あれ。




──6. 真夏の方程式

──あらすじ

夏休みを玻璃ヶ浦にある伯母一家経営の旅館で過ごすことになった少年・恭平。一方、仕事で訪れた湯川も、その宿に宿泊することになった。翌朝、もう一人の宿泊客が死体で見つかった。その客は元刑事で、かつて玻璃ヶ浦に縁のある男を逮捕したことがあったという。これは事故か、殺人か。湯川が気づいてしまった真相とは──。

『真夏の方程式』は、これまで紹介した長編作品とは違い、明るめな雰囲気。自らを「子供嫌い」と語る湯川が恭平と親交を深めるようすがミスマッチのようで、どこか微笑ましい。恭平のために湯川は「ある実験」を行うのだが、その場面はとても印象的だ。


──7. 虚像の道化師

──あらすじ

ビル5階にある新興宗教の道場から、信者の男が転落死した。男は何かから逃れるように勝手に窓から飛び降りた様子だったが、教祖は自分が念を送って落としたと自首してきた。教祖は本当にその力を持っているのか、そして湯川はからくりを見破ることができるのか(「幻惑す」)。ボリューム満点、7編収録の文庫オリジナル編集。

『虚像の道化師』は7つの短編からなる。以下、章一覧。
第1章:幻惑す(まどわす)
第2章:透視す(みとうす)
第3章:心聴る(きこえる)
第4章:曲球る(まがる)
第5章:念波る(おくる)
第6章:偽装う(よそおう)
第7章:演技る(えんじる)

──8. 禁断の魔術

──あらすじ

高校の物理研究会で湯川の後輩にあたる古芝伸吾は、育ての親だった姉が亡くなって帝都大を中退し町工場で働いていた。ある日、フリーライターが殺された。彼は代議士の大賀を追っており、また大賀の担当の新聞記者が伸吾の姉だったことが判明する。伸吾が失踪し、湯川は伸吾のある"企み"に気づくが…。シリーズ最高傑作!

(引用:禁断の魔術 裏表紙/東野圭吾)


湯川の弟子(?)ともいえる人物が登場。彼を中心に物語は進んでいくが……!?
物語終盤の湯川がとにかくカッコよすぎて、必見の一冊。


元々は短編だったものの、加筆され長編に書き換えられた作品でもある。



──9.沈黙のパレード

──あらすじ

突然行方不明になった町の人気娘が、数年後に遺体となって発見された。容疑者は、かつて草薙が担当した少女殺害事件で無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。さらにその男が堂々と遺族たちの前に現れたことで、町全体を憎悪と義憤の空気が覆う。秋祭りのパレード当日、復讐劇はいかにして遂げられたのか。殺害方法は?アリバイトリックは?
超難問に突き当たった草薙は、アメリカ帰りの湯川に助けを求める

19年前、捜査一課の新人・草薙の活躍によって解決に向かっていた少女殺害事件は決定的な証拠を挙げることができず、そして容疑者は自供を行わず沈黙を守ったことで釈放となってしまった。草薙にとっては因縁のその相手・蓮沼が再び殺人事件の容疑者として草薙の前に現れる。


──10.透明な螺旋

──あらすじ

シリーズ第十弾。最新長編。
今、明かされる「ガリレオの真実」。
房総沖で男性の銃殺遺体が見つかった。
失踪した恋人の行方をたどると、関係者として天才物理学者の名が浮上した。
警視庁の刑事・草薙は、横須賀の両親のもとで過ごす湯川学を訪ねる。
「愛する人を守ることは罪なのか」
ガリレオシリーズ最大の秘密が明かされる。

殺人事件の解決……というより、『湯川学』にスポットをあてたのが、ガリレオシリーズ節目の10作目『透明な螺旋』だ。


あらすじに「シリーズ最大の秘密が明かされる」とあるが、事件を通して明らかになるその秘密に是非ふれてみてほしい。今までに見たことのない、ガリレオの姿を見ることができるだろう。





【オススメ記事】






『禁断の魔術』の感想を好き勝手に語る【東野圭吾】


向こう側に捜査員が一人でも姿を見せた場合も、私はスイッチを入れる」
「湯川、気はたしかか」
「これまでの生涯で、最もたしかだ」

(引用:禁断の魔術 P287)


東野圭吾のガリレオシリーズ第8作目『禁断の魔術』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


目次

あらすじ

高校の物理研究会で湯川の後輩にあたる古芝伸吾は、育ての親だった姉が亡くなって帝都大を中退し町工場で働いていた。ある日、フリーライターが殺された。彼は代議士の大賀を追っており、また大賀の担当の新聞記者が伸吾の姉だったことが判明する。伸吾が失踪し、湯川は伸吾のある"企み"に気づくが…。シリーズ最高傑作!

(引用:禁断の魔術 裏表紙/東野圭吾)

感想

物語終盤の湯川がカッコよすぎて、そこに全部持っていかれた。伸吾の犯行を止めるための、アレ以上の説得の仕方はないだろうな。湯川だからできた方法。


警察がレールガンの押収とかで無理矢理犯行を阻止したなら、伸吾の気持ちは変わらないままだっただろうけど、湯川は言葉だけではなく、行動で伸吾に寄り添っていたのが響いた。


自分も一緒に重荷を背負おうとするあたり、『真夏の方程式』を彷彿とさせるものがあった。いい話だったな。



厳しいのは間違いないんだけど、その厳しさも優しさの裏返し……みたいな感じで次にちゃんと繋がる厳しさが湯川らしさを感じた。『次に繋がる厳しさ』で言うと湯川が伸吾の指導をしているときもそれが垣間見える所がある。

時には、理論があまりに難解で、ついていけなくなりそうなこともあった。それで伸吾が諦めそうになると、湯川は珍しく厳しい言葉を発した。
「諦めるな。過去の人間が考えついたことを、若い君たちが理解できないなんてことはない。一度諦めたら、諦め癖がつく。解ける問題まで解けなくなるぞ」そして伸吾が理解できるまで、粘り強く説明してくれるのだった。

(引用:禁断の魔術 P17)


伸吾が由里奈に勉強を教えているときに、同じ言葉を使って教えていて、本当に湯川のことを尊敬しているんだなって深く感じた。


物語の中で意外だったのは、大賀の人間性と伸吾の姉・秋穂の気持ち。
秋穂をホテルで見殺しにしたであろう大賀はどんなクズ人間かと思いきや、意外や意外でまともな人間。まぁ、見殺しにしたことに変わりはないんだけど……。
秋穂については、伸吾を大学に通わせるお金のために大賀と関係があると思ったのに、まさかの普通の好意からの関係……。


明らかな悪役がいない分、この辺の関係はちょっと煮えきらない所があるけど……まぁ現実的にはこんなもんなんだろうね。

──印象に残ったセリフ・名言

「諦めるな。過去の人間が考えついたことを、若い君たちが理解できないなんてことはない。一度諦めたら、諦め癖がつく。解ける問題まで解けなくなるぞ」

(引用:禁断の魔術 P17)

先程も取り上げた所。湯川の伸吾へのアドバイス。


「彼はこういった。姉の死は悲しいけれど、悲しみは大きな力に変えることができる。だから科学を発達させた最大の原動力は人の死、すなわち戦争ではなかったのか、と」
「湯川先生は何と?」
「もちろん科学技術には常にそういう側面がある。良いことだけに使われるわけではない。要は扱う人間の心次第。邪悪な人間の手にかかれば禁断の魔術となる。科学者は常にそのことを忘れてはならない──そうなふうにいった」

(引用:禁断の魔術 P178)


タイトルが出てくる所。科学技術は使う人の心次第で人の命を奪う"禁断の魔術"になってしまう、と。
過去の伸吾の父にも当てはまるよな……。

「湯川、気はたしかか」
「これまでの生涯で、最もたしかだ」

(引用:禁断の魔術 P287)

このラストシーンの湯川がカッコよすぎる。そして上記のセリフは湯川の本気さが痺れる。


最後に

もし伸吾が合図を出していたら、湯川は本当にレールガンを発射させたかどうか?という問いが草薙と内海の間で話されていたが、私は内海と同じで発射させただろうと思う。


これといった根拠があるわけではないが、湯川は自分の言った言葉に責任を持つ人間だと思うし、そんな人間であってほしい。私の中のガリレオは、どこまでもカッコいい憧れの人間だからだ。



【オススメ記事】






『私たちは生きているのか?』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】



人間というのは、自分という存在を過去や先祖に立脚してイメージするものだ。生命というものの価値も、少なからずそういった思想に基づいているだろう。

(引用:私たちは生きているのか? P100)

Wシリーズの5作目、森博嗣の『私たちは生きているのか?』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。

前回の感想はコチラ。
【『デボラ、眠っているのか?』感想】

目次

あらすじ

富の谷。「行ったが最後、誰も戻ってこない」と言われ、警察も立ち入らない閉ざされた場所。そこにフランスの博覧会から脱走したウォーカロンが潜んでいるという情報を得たハギリは、ウグイ、アネバネと共にアフリカ南端にあるその地を訪問した。
富の谷にある巨大な岩を穿って造られた地下都市で、ハギリらは新しい生のあり方を体験する。知性が提示する実在の物語。

(引用:私たちは生きているのか? 裏表紙/森博嗣)



感想

ついにWシリーズも折り返しの5作目『私たちは生きているのか?』。タイトル通り、『生きる』『生きている』とはどういった状態を指すのか?ハギリの考えが印象的だった一冊。とくに最後のデボラとの会話がとくに面白かった。


前作『デボラ、眠っているのか?』では、トランスファと呼ばれるAIがネットの世界で生きていたが、今回は更に一歩進んでウォーカロンが、更には人間が、躰を必要とせずネットの……バーチャルの世界で生きていけることを証明していた。着実に四季が予期した世界に変わっていくな……。



物語の中で今後、登場しそうな重要な事といえば『コンピュータの中で孵化する卵』の話。


富の谷の住人・フーリが話していたが、卵の漂流方法で「どんな鍵でも開けられる万能の鍵を持っている。コンピュータや、ネットの萌芽期からのもの」と言っていたが、前シリーズを読んでいればピンとくる方が多いだろうが、これは四季が持っていた技術……というか仕込んだものとしか考えられない。


また、卵といえば『デボラ、眠っているか?』で出てきたスーパ・コンピュータのテラがちょうど卵型のシェルに覆われていたのが記憶に新しいが……関係あるのかな。


──生命の定義

生きるとは何か?今作で大いに語られているところだが、気になったので少し調べてみた。
生物学的に考えられる生物の定義として、3つの条件があるらしく、それは、

①外界と膜で仕切られている。
②代謝(物質やエネルギーの流れ)を行う。
③自分の複製を作る。

以上の3つだそう。


いやはやなるほど、これまでは漠然と「へー、ウォーカロンとハギリたち人工細胞をいれた人間は子供ができないのかー」となんとなく受け入れていた事実だったが、現代の生物学の定義的には、それは生命の定義から外れているとなると……また話が変わってくるな。


ウォーカロンはまだしも、これではハギリたちもすでに生きていないということになる。


本書『私たちは生きているのか?』でも結局、生きることの定義というか、答えは提示されなかった訳だが……著者はこの問題にどのような答えをもっているのか……あかされるなら是非、拝見したいものだ。



──印象に残ったセリフ・名言

「自由への欲求が生まれるのは、どうしてでしょうか?」
「え?うーん、哲学的な質問だね。それはたぶん、生きていることが、その状況のベースにあると思う」
「生きていることが、ですか?」
「いや、しかし何をもって生きているのか、それがまた曖昧だ。むしろ逆かもしれない。自由を志向することが、現代では、生きていると表現される状況かもしれない」

(引用:私たちは生きているのか? P98)

人間というのは、自分という存在を過去や先祖に立脚してイメージするものだ。生命というものの価値も、少なからずそういった思想に基づいているだろう。

(引用:私たちは生きているのか? P100)

しかし、子供が生まれないことよりも、また、ウォーカロンが人間になれるかどうかということよりも、まさに人類が直面している問題とは、生命というものの概念なのだ。それは、長く問われなかったテーマだった。誰もが、普通に信じていた。自分たちは生きていると、なんの疑いもなく、誰もが胸を張って主張した。人の命はかけがいのないもの、この世で最も貴重なものだ、という信念によってすべてが進められてきた。だが、それは本当なのか、どうしてそんなことがいえるのか、という危うい境界にまで、我々の文明は到達してしまったのである。

(引用:私たちは生きているのか? P113-114)
哲学的すぎる。生きていることの再定義ね……。

生きているものだけが、自分が生きているかと問うのだ。

(引用:私たちは生きているのか? P262)
真理。

──今後、大事かもしれない備忘録

・卵のプログラム、ネット上で漂流し条件が合えば孵化する。孵化するとしだいに卵どうしが集まり、成長する。(P159)






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