FGかふぇ

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『マスカレード・ゲーム』感想:大きな展開を見せたシリーズ第4作【東野圭吾】



「はい。このゲームにルールはないと思っています。勝つためなら何でもやります。もっと確実にゲームに勝つ方法がある、とおっしゃるなら話は別ですけど」

(引用:マスカレード・ゲーム P130)

2022年4月20日に発売した東野圭吾『マスカレードシリーズ』の最新作『マスカレード・ゲーム』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


前作の感想はコチラ。
【マスカレード・ナイトの感想】


目次

あらすじ

解決の糸口すらつかめない3つの殺人事件。
共通点はその殺害方法と、被害者はみな過去に人を死なせた者であることだった。
捜査を進めると、その被害者たちを憎む過去の事件における遺族らが、ホテル・コルテシア東京に宿泊することが判明。
警部となった新田浩介は、複雑な思いを抱えながら再び潜入捜査を開始する──。
累計490万部突破シリーズ、総決算!

(引用:マスカレード・ゲーム | 東野 圭吾 |本 | 通販 | Amazon)



感想

マスカレードシリーズが大好きだから贔屓目もあるかもしれないが、今作も面白かった。前作『マスカレード・ナイト』みたいな派手さはなくて、淡々と進む感じが現実的ですき。


読み始めたらあっという間だったなぁ……事件の方は意外性あり。シリーズとしての進展もあり。エンタメだけじゃなくて、罪の話がありこれまでのシリーズにはなかった深みがある。世の中悪い人間ばかりじゃないと思えるいい話。


そして、ラストはまさかの展開。確かに今後もマスカレードシリーズを続けていくためには、新田がコルテシアに転職することが、一番都合がいいのかな。(これ以上、ホテルで凶悪事件が続くのはコ●ン君もビックリの事件遭遇体質になってしまう)


まだシリーズが続くのかは知らないけど、大好きな作品だから、『マスカレード・イブ』みたいに短編でもいいから続いてほしい。むしろ短編は新田と山岸が同じ職場なら書きやすいんじゃないかな。今後も期待。なんとしても新田・山岸のその後は見届けねばならぬ……!



──山岸は出ないと思ったが……。

今作は、時系列的には『マスカレード・ナイト』から数年後。山岸はまだロサンゼルスで、コルテシア東京には帰ってきておらず、新しい登場人物の梓と新田のコンビが初期の山岸・新田コンビを彷彿とさせるものがあって、『マスカレード・ゲーム』ではこの路線で進むのかなぁと思っていたが、無事に(?)山岸も登場して安心した。


梓は事件を解決させること第一主義で『マスカレード・ホテル』の頃の新田に似てて、新田はホテル側にも配慮があって山岸役っぽかったけど、この二人は見ててハラハラする(だいたい梓のせい)。やっぱり新田・山岸コンビの安定感が一番なんだと思い知らされた。


「新田警部、お詳しいんですね。まるでホテルの人みたい」
新田は一旦梓から目をそらした後、改めて彼女の顔を見つめていった。「とんでもございません」
「はあ?」
「今日の夕方、管理官にいったでしょう。とんでもございません、と。そんな敬語はありません。正しくは、とんでもないことでございます、です」

(引用:マスカレード・ゲーム P68)


初代シリーズからお馴染みの『とんでもないことでございます』のくだり。このへんのやりとりがシリーズものを追ってきたファンとしてはたまらない所。


この場面では、まだ山岸が登場してなかったけど、このやりとりを見ていたらついつい姿を思い浮かべてしまったよね。

「そんなことはいわれなくてもわかっています。御心配なく、こんな格好をしていますけど、ふつうの客には決して近づきません。怪しい客がいた場合に、なるべく近くから監視したいだけなんです」
新田は、客ではなくお客様、という言葉が浮かんだが、さすがに口には出さなかった。

(引用:マスカレード・ゲーム P91)

『客ではなくお客様』も定番の流れだよね。このあたりのやりとりで山岸の影がチラつかせてからの本人登場…!最高だった…!


──事件の真相

メタ的な考えだが交換殺人(ローテーション殺人)だと『マスカレード・ホテル』とほぼ一緒だし、それはないだろうなぁとは思ってた。


弁護士の三輪葉月が怪しいと思って、犯人では…?と考えていたが、流石にそんな一筋縄ではいかず犯人はまったく別の人物と予想外の展開…。


復讐を果たすこと、犯人が罰せられることだけが遺族の救いになるわけじゃない。犯人を許すことが遺族の救いにもなる……と。その救いが難しいものなのは百も承知だけどね……。だからこそ点字ブロックの展開はグッときた。

「誰かを憎み続けるって、エネルギーのいることなんです。そのくせ、そこから新しいものは何も生まれないし!自分を幸せにしてくれるわけでもない。それがわかっているのに憎しみ続ける自分のことが、ひどく卑しい人間のように思えて、だんだん嫌いになっていくんです。だけど『ファントムの会』に入って、自分だけじゃない、みんなそうなんだと知り、ほっとしました。憎しみっていうのは心の弱さから生じるものだろうけれど、そこ弱さを恥じる必要はないんだと思えるようになりました」

(引用:マスカレード・ゲーム P357)

罪人をどう罰するかだけでなく、救うことも考えるべきなんだと。罪をつぐなうことと自らを救うことは同じなんだって。

(引用:マスカレード・ゲーム P364)



──マスカレード・ゲーム

今作のタイトルは『マスカレード・ゲーム』だが、これまでのシリーズほどタイトルの意図が明確にはわからない。一応、作中で『ゲーム』の単語が出てきた場所は2箇所(抜けがあったら申し訳ない)。


梓と新田の会話の場面と、三輪と新田の会話の場面。

「はい。このゲームにルールはないと思っています。勝つためなら何でもやります。もっと確実にゲームに勝つ方法がある、とおっしゃるなら話は別ですけど」
「そのために我々が潜入しているんですがね」
「だけど容疑者たちの部屋には入れないでしょ?私にいわせれば潜入捜査官は──」少し間を置いてから梓は続けた。「役立たずのままゲームオーバーを迎える可能性が高いと思っています」

(引用:マスカレード・ゲーム P130)

盗聴と盗撮のルール無視で捜査を続ける梓と、潜入捜査のルールを守りつつ捜査を進める新田。

結局のところ裁判なんて、罪の重さを賭けた検察と弁護側のゲームに過ぎないと思った。

(引用:マスカレード・ゲーム P327-328)

罪を犯した人間の内面に寄り添わない現在の制度に煮えきらない三輪。



なんだかな……。わざわざこれをタイトルにすることもないと思うが……。これまでのタイトルは全部しっくりきてたからなんだか煮えきらない感じ。

──印象に残った場面・名言

「盗聴器のこと、総支配人に報告しなくていいんですか」
山岸尚美は眉をぴくりと動かした。「してもいいんですか?」
「いや、それは……」
新田が口籠ると山岸尚美は唇の両端を上げた。
「小さなトラブルをいちいち上に報告していたらきりがありません警察もそうじゃないんですか」
「まあ、たしかに」
彼女は人差し指を立てた。「ひとつ、貸しです」
新田は肩をすくめた。「覚えておきます」

(引用:マスカレード・ゲーム P230-231)

全然小さなトラブルじゃないんだけど、これまでに二人が築いた信頼関係あってこそ。このやりとりはかっこよかったな。

「あの方こそ大変そうですね」安岡がいった。「山岸さんが1610号室に行っている間、ずっと端末を睨んでおられました」
「優秀な方よ、警察官としてはね。あの人がいれば悪いことにはならないと思う。でももしかしたら」尚美は閉まったドアを見つめて続けた。「ホテルマンとしても優秀かもしれない」

(引用:マスカレード・ゲーム P285)


「正義?そんなもんはどうだっていいんだよっ」

(引用:マスカレード・ゲーム P332)
今作一の名言。
ただ一人の人間を救いたい。普段クールな新田の熱い部分が垣間見えた瞬間。



最後に

物語の端々に新田がホテル側の考えに寄ってるなぁとは思っていたが、そこも新田転職の伏線だったのかな。ある意味で刑事らしからぬ新田が見れた。


自殺をしようとした犯人の沢崎(長谷部)も、点字ブロックの件の入江も、自分の罪としっかり向き合っていて救いがあった一冊。これまでのシリーズとはまた違った読みごたえに大満足。





【オススメ】




『目薬αで殺菌します』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】


「ですから、それはわかりません。もっと未来に、ああ、これがそうだったのか、とわかるような問題なんですよ」

(引用:目薬αで殺菌します P216/森博嗣)

森博嗣のGシリーズ第7弾『目薬αで殺菌します』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。

前回の感想
【『ηなのに夢のよう』感想】

目次

あらすじ

関西で発見された劇薬入りの目薬の名前には「α」の文字が。同じ頃、加部谷恵美が発見した変死体が握りしめてたのもやはり目薬「α」!探偵・赤柳初郎は調査を始めるが、事件の背景にはまたも謎のプロジェクトが?ギリシャ文字「α」は「Φ」から連なる展開を意味しているのか?Gシリーズ第7作!

(引用:目薬αで殺菌します)

感想

今作もまたやられたね。
矢場と倉居が同一人物かぁ……。確かに二人の会話?と倉居視点の時に違和感はあったけど、そうくるとは思いもしなかった。ただそうすると二人の会話は、倉居の妄想として片がつくが、P304あたりがちょっと解釈が難しい。


竹中に「彼女が着替えるから、外へ」と言っているように思うが、この”彼女”が竹中にとっては目の前の人物になるはず……どうなるんだろ。


これまでのシリーズは、タイトルが現場に残されていたが(『ηなのに夢のよう』とか)、今回の『目薬αで殺菌します』だけは目薬の箱に『α』が書いてあっただけでタイトルの『目薬αで殺菌します』がそのまま登場することはなかった。


──目薬の箱の意味は?

直里と倉居が共犯で劇薬入りの目薬騒動を行っていた、と竹中が言っていた。本当かどうかはわからないが、一番楽にこの騒動を起こせるのは直里と倉居の二人だし、二人が共犯となれば事はスムーズに進むだろう。


竹中の死体が何故目薬の箱を握っていたのか、結局語られていなかったが目薬に劇薬を入れていたのはこの二人なはず。死体とギリシャ文字「α」を、これまでの事件の関連付けるために倉居は死体に握らせたのではないかと思う。


もちろん加部谷たちが推測したようにダイイングメッセージの可能性も有り得はする。倉居はTTK製薬に務めていたので、「α」の目薬の箱を手に持つことは「倉居が犯人だ!」というダイイングメッセージになりえる。


しかし、殺害された竹中が目薬の”箱”をたまたま持っていて、ダイイングメッセージにしようした可能性ってどれだけありえるだろうか?目薬を持ち歩くのはわかるが、わざわざ箱まで一緒に持ち歩くだろうか?しかも劇薬入り事件が起きてる目薬なのにもかかわらず。


以上から、本編では語られていないが、「α」の目薬は倉居が握らせたものだと私は考えている。


──海月の視線の先には

海月と加部谷の二人が……まさかの展開になったね。酔った勢いとはいえキスまでしてしまうとは加部谷もやるではないか。まぁ案の定というか海月の対応は予想通りだったわけだが……。


やっぱり海月の視線の先にあるのは加部谷ではなくて、萌絵なんだろうか。萌絵が東京のW大に移ったタイミングで海月も東京の大学を受験し直すと。どこの大学とは言ってなかったけど、流れ的に萌絵と同じW大としか思えない。


以前の巻からちょくちょくと海月の萌絵に対する匂わせがあるけど二人はどんな関係で繋がってるんだろう。恋愛感情ではなさそうだが……。あとは飛行機事故関連とかかなぁ。

──一連の事件等の備忘録

・『すべてがFになる』で登場した島田文子が久しぶりの登場(名前だけだが)。今後の物語のキーになりそう。

・『τになるまで待って』で殺害された神居静哉について

事件とは無関係かもしれないが、一つ出てきた話しがある。東寺昌子の入院中の夫、東寺健夫は、地元で建築業を営んでいたのだが、以前に殺された神居静哉の館を建築した人物だった。

(引用:目薬αで殺菌します P224)


──印象に残ったセリフ・名言

「そうかもしれない。新たなネットワークというか、仕組みを作ろうとしている。しかし、実験というよりは、これは、これまでの宗教と呼ばれていたものに一番近い、と私は感じます。ただ、異なる点は、とにかくゆっくりと、目に見えないほど、静かに、深く進行している、ということですね」

(引用:目薬αで殺菌します P207)
赤柳の一連の事件に関する解釈。

「うーん。つまり何なのでしょう?これは、犯罪ですか?それとも研究ですか?真賀田四季がやっていることですか?何をしているのですか?」
「ですから、それはわかりません。もっと未来に、ああ、これがそうだったのか、とわかるような問題なんですよ」
「もっと未来に?」
「そこが、つまり、時間がゆっくりだ、という感覚になるんでしょうね。実際は、遅く進行しているわけではありません。それどころか、もの凄いスピードで進んでいるでしょう。しかし、どんな天才でも、時間を消費しなければならない対象があります」
《中略》
「まあ、よくわかりませんが、僕がイメージできることといえば、彼女は、新しい生きものを作ろうとしているんじゃないか、ということですね」犀川は言った。

(引用:目薬αで殺菌します P216-217)
近藤刑事と犀川の会話。犀川による一連の事件と真賀田四季に関する事。

「ごめんなさい。それでは、躰ではなく、地面、あるいは地層でもけっこうです。一瞬で起これば地震として大きな被害が出る。何万年もかけて起これば、それより大きな変動なのに、誰も気づかない。そんなゆっくりとした外乱なのです」

(引用:目薬αで殺菌します P287)


最後に

謎が謎を呼ぶGシリーズ、またもや犯人が逃亡したままおしまいである。


色々と読み込み不足は否めないが、再読する前に次のGシリーズへ進もうと思う。


次読むときは、章題についての考察もしたいと思う。

第1章 さまざまちらほら
第2章 ときどきはらはら
第3章 つぎつぎまたもや
第4章 さらさらぜんぜん

とか、読み終わったけど訳わからんもん。



【オススメ】




『ηなのに夢のよう』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】


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「何をしているつもり?」犀川がきいた。
「えっと、そうですね……」囁くように西之園は答える。「静けさをときどき愛してあげたいかなって」

(引用:ηなのに夢のよう P86/森博嗣)

森博嗣のGシリーズの第6段『ηなのに夢のよう』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


前回の感想はコチラ。
【『λに歯がない』の感想】


目次

あらすじ

地上12メートルの松の枝に、首吊り死体がぶら下がっていた。そばには、「ηなのに夢のよう」と書かれた絵馬が。その後も特異な場所での自殺が相次ぐ。一方、西之園萌絵は、両親の命を奪った10年まえの飛行機事故の真相に近づく。これら一連の事件に、天才・真賀田四季は、どう関わっているのか──?

(引用:ηなのに夢のよう 裏表紙)



感想

S&M→V→四季→Gとシリーズを駆けてきて、ここにきて萌絵の飛行機事故について言及されてくるとは……。愛犬・トーマの死、10年前の飛行機事故の克服、那古野を離れ東京へ……と、萌絵にとっては大きな変化があった1冊だった。


正直、なかなか先が見えなければ、先も読めない展開のGシリーズだが、萌絵の変化や、妃真加島への訪問、真賀田四季の登場?など今までにない進展を見せた巻で非常に見所があった。


そんな中、メイン?の事件である『特異な場所で起こる首吊り自殺』だが……個人的には真賀田四季関連のほうに興味が惹かれすぎて、どちらがメインかわかったもんじゃなかったな。


紅子の言葉を信じれば今回の一連の自殺騒動は、殺人ではなく本当にただの自殺だったし……まぁ紅子の登場でテンションあがって、なおかつ彼女から今回の騒動の答え合わせがあるとは思わなかった。


──久慈昌山、実は超重要人物…!?

紅子と一緒にヘリコプタに乗った『久慈昌山』という人物がいる。30代前半、アメリカのGF社の医療部隊と説明があるが、実は初登場の人物ではない。


シリーズは違うのだが、四季シリーズ『冬』に彼は登場している。順番的にGシリーズのほうが後だし『冬』のネタバレに多少触れてしまうのはご容赦願いたい。


『冬』で久慈昌山だと明言されるのはP164。『ηなのに夢のよう』では30代と紹介される久慈だが、『冬』ではおそらく100歳超えの老人。『η』から考えれば『冬』の舞台は70年後くらいだろうか。『冬』ではウォーカロンが登場することで未来なのかなぁとは想像していたが、ここで繋がるとは思いもしなかった。


ちなみに『冬』で久慈は四季の子孫に対して画期的な手術をほどこした超重要人物。詳細は『冬』を読んでくださいな。


──”実験”

”実験”というワードが印象に残った巻だった。しかも、そんじょそこらの実験とは訳が違う、普通じゃありえないような実験。

「いや、おそらく、実験の一環だったと」
「実験?」
「水に石を投げると、輪が広がっていく。子供がする実験だ」
「親が死んだら、どうなるか、それを見たかったという意味ですか?」
「否定はしない」

(引用:ηなのに夢のよう P99)

「たとえば、自殺願望の人を扇動するっていうんですか、そういうことをする目的、あるいはメリット、うん、それがわからない」
《中略》
「まあ、あるとすれば、そういった状況で、人間がどう行動するのかが見られる、ということかな」
「は?」
「なんというか、マウスの実験みたいな」

(引用:ηなのに夢のよう P231)

「いいえ、自殺をした人は、そのストーカは、あの場所を紹介されたの。ストーカというのは、見たい人なんです。そのベランダに死体があって、それを発見するところを見たい。そういう嗜好なの。深川先生だって同じだわ。自分が書いたものが、どう社会に影響するのかを見たかった。ネットにあるηを知っていて、でも、誰もそれをしない。そこで、最初の石を投げてみたんじゃないかしら」

(引用:ηなのに夢のよう P261)


どれも人の死を扱った現代社会ではとてもできない実験の数々。この”実験”は今後のGシリーズの伏線になってたりするのかな。

──妃真加島にいた女

P207-214の短い間をだが、真賀田四季らしき人物が実際に登場する。本人だとしたらGシリーズでの実際の登場は初だったはず……?


紅子たちが去っていくヘリコプタを見送るように書かれているが、実際の時系列かどうかは不明。普通に読めば同じ時系列だろうが、ヘリコプタの描写だけでは断言できない。四季関連となる疑い深くなってしまう……。


他の人格と話している様子、過去の研究所周辺の様子を知っていることから真賀田四季(またはクローン?)だとは思われる。


「回収終わり」と発言していることから、何かしらを取りにきたようだが、本人がわざわざ何年越しに、何を取りにきたのか……疑問は深まるばかりである。


──飛行機事故についての備忘録

・金子(S&Mシリーズにも登場、N大出身者)も10年前の飛行機事故で家族を失っている。
・飛行機事故に真賀田四季関与の疑いがある。
・ネット上だが、「あの飛行機事故を起こした」と言っている組織が存在する。
・「あれは、人為的な破壊工作の結果だろう」「憶測だが、その可能性が最も高い」犀川談。
・原因は世界中に広がりつつあったコンピュータチップすべてに組み込まれた傷

「飛行機が落ちた理由がわからないのは、それがハード的な差為ではなかったからだ。チップに残ったコードは、たとえ、それをすべて取り出すことができても、誰にも完全に解読はできない。それを作った者にしかわからない。そのチップは、明らかにほかのものよりも優れていたから、あっという間に普及した。これまでにないアーキテクチャだった。しかし、細部に至るまで構造のすべてがチェックされていたわけではない。そんなことはできないんだ。何故なら、人類の誰にも、それを作り出すことができなかったんだからね、ただ一人を除いては」

(引用:ηなのに夢のよう P92-93)
・飛行機事故は実験だった?親が死んだら萌絵がどうなるか見たかった?
・沓掛周辺では、テロとして認識されている。

──印象に残ったセリフ・名言

「通常、自殺というのは、本人にとって、最も簡単な手法が選択される」海月が言った。
《中略》
「どうして、簡単な手法が選ばれるわけ?」
「難しい手続きこそが、生きていくこと、生き続けることの象徴だからだろう」

(引用:ηなのに夢のよう P58-59)


「どう思われます?この事件」
「うん」犀川は小さく頷いた。「あまり、関わらないほうが良いね。とても危険だ」
「どういった点が危険ですか?」
「悪事が行われていない、という点だ」犀川は言った。

(引用:ηなのに夢のよう P144-145)

一連の自殺騒動に対して、常識を逸した自殺が続いていて、不安、不快がつきまとうなか、「悪意がない」と冷静に言い放つのが犀川先生らしい。メタ的に言えば、その視点で語れる著者が凄まじい。


理由がわからないから不安になる。理由がわからないから怖い。しかし求めていた真実が納得できる理由を含んでいるとは限らない。このあとの犀川と萌絵の議論が現代社会に言及している部分もあってなかなか面白い。

一回生きて、一回死ぬ。
自殺は、自分を殺すこと。殺人は、他人を殺すこと。そのいずれもが、殺す理由は、殺した者の理屈であって、死んだ者の理屈ではない。死んだ者には、死ぬ理由はなかった。

(引用:ηなのに夢のよう P266)


最後に

本編とはまったく関係ないけど、萌絵の一人称がGシリーズでは『萌絵』じゃなくて『西之園』なんだね。今更気づいた。


犀川が、「両親が死ぬことで萌絵がどうなるか見るために飛行機事故を起こした」と推測があった。これに関しては四季ならそんな実験をしなくても想像で補えそうと思う一方、犀川は「水に石を投げると、輪が広がっていく。子供がする実験だ」と言っていた。


その言葉通り、四季にとってあの飛行機事故は結果のわかっている子供の実験に過ぎなかったのかな。




【オススメ】




『まほり』の感想を好き勝手に語る。ゾクゾクの止まらない民俗学ミステリー【高田大介】


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いや、それは偶然ですらない、むしろ一種の必然が彼らを呼び合わせていたのだ。なぜなら彼らは、それぞれの理由から、同じものを追いかけていたのだから。彼らが共通して追いかけてきたもの──それは蛇の目の紋である。

(引用:まほり〈上〉P244/高田大介)



文庫本発売を期に『まほり』を再読した。

前回は発売したばかりだったため、ネタバレしない範囲での感想だったので、今回はネタバレありで感想を語っていく。
前回の感想はコチラ。
【『まほり』感想】


目次

あらすじ

大学院進学を目指す裕は、卒業研究グループの飲み会で話されていた都市伝説に興味を引かれる。上州の某町では二重丸が描かれた紙がいたるところに貼られているという話だ。その町と出身地が近かった裕は、夏休みを利用して調査を開始。図書館で司書のアルバイトをしていた昔なじみの香織とフィールドワークを始め、少年から不穏な噂を聞く。山深い郷に、少女が監禁されているというのだが……。前代未聞の民俗学ミステリー!

(引用:まほり〈上〉 裏表紙)


感想

読み返した感想としては、やはり難しい……けど面白い!!!これにつきる。裕が調べている内容は理解が追いつかないが、内容を理解しきれないくても面白く見せられるのがすごい。知識があればもっと堪能できるだろうが……。


二重丸の意味
裕の母親について
そして、タイトルの『まほり』

ラストの衝撃たるやいなや……。


隠れていた真実が明らかになる瞬間が、どれも鳥肌モノだった。とくに『まほり』の謎が明らかされたときはゾッとしてページを進める手が止まったほど。コレをタイトルにするのか、という驚きと恐怖感。


あと恐怖感といえば、裕が聞く昔話も負けず劣らずで、あんな体験をしたらなかなかのトラウマになるだろう。高架下びっしりの二重丸とか想像しただけでおぞましい。言ってしまえば『二重丸が書かれた紙の群れ』ってだけなのだが、「実態はわからないけど、何か怖い。得体が知れなくて不気味」というのは具体的に形がハッキリしているモノの恐怖感より、よっぽどに質が悪いと思う。


私は『図書館の魔女』から著者を知り、『まほり』を読むに至ったのだが、そうするとやはり”言葉”については、ついつい注目してしまう。


前述したが、タイトルの『まほり』の意味を察する瞬間が物語の一つのポイントだ。その答えに辿りつく鍵が言語学で、”言葉”によって解き明かされるというのが、『まほり』の意味がわかったのと同じくらいゾクゾクした。偉そうな物言いになってしまうが、著者らしさが全開で、「これを求めていたんだ!!」という読者の期待に大いに答える形だと思う。


──裕の母親について

物語の最後で、裕が母親の形見として『義眼』を持っていたことが明かされる。


はっきりと名言はされないものの、母親が義眼だったことにより、名字が地名の毛利だったこと、両親が同じ戸籍に入ってなかった謎などの伏線が回収され、裕の母親が村出身で過去の”いち”だったことが自明の理となる。


だいぶ序盤だが裕の母親が目が悪く、足が悪いことも裕によって語られている。

「俺の母さんの旧姓が『琴平』というのかもしれない。家では『毛利』ということになっていたんだけど……」
香織は眼鏡の奥で目を細めた。
「ことになってた?」
「母さんの記憶はぼんやりしてる。体の弱い人だった。足も目も悪くてさ……」

(引用:まほり〈上〉P96)



裕の父親も今回の一件のように、いち(母親)を助け出したんだろうな……。



──備忘録と印象に残った所

以下、ネタバレしかない備忘録等。

「そうですねえ。大衆史なんて言うと偉そうですが、要するに大文字の『歴史』は為政者のもの、政つもの、統べるものの記録でしょう?それはその時代、その時代に起こっていたことの一端に過ぎないわけです。えてして記録を残すというのは政つもの、統べるものの特権でありますから……『残っていく歴史』にはどうしても死角が出来る。例えば歴史書を繙けば、そこにあるのは闘争、戦争の連続でしょう。一大事ですから、そうしたおおごとが史書に残るのは当然です。しかしそこで戦争をしていた時に、かしこでは戦争のことなんか知らないでいた者達もいたわけですよね。ここに史書に残るような出来事が起こっていた時に、あそこではそのことと縁もゆかりもなく暮らしていた人たちというのも必ずいるわけです。そういう世の大事に係わなかった者達のいたことは『歴史』ではなき、のでしょうかね?」

(引用:まほり〈上〉P135)

朝倉さんの話す『歴史』について。このあとの記録についての話なども一筋縄ではいかなくて面白い。


物語では朝倉さんと古賀さん、違ったタイプの二人のアドバイザーが要所要所で裕の手助けをしてくれるわけだが、彼らが語ってくれる内容が含蓄があってよい。古賀さんが解説してくれる『天命の飢饉』についてがなかなかに読んでいて辛かったなぁ……内容がヘビーすぎて。(上巻のP186〜210あたり)



──蛇の目について(上巻P260-)

・蛇の目は毛利神社の家紋
・琴平神社が毛利の伝承を預かっている。
・琴平宮が毛利末社から預かった斎忌風習が、蛇の目の護摩札を魔除け厄除けに要所に貼るという習慣



史料の伝在自体がすでに書いたものの底意、保存したものの意志の働きを帯びているということです。そしてそれを出来うる限り客観的な形で今日に読み解き、将来に向けて紹介伝承していこうとする我々史学者の営みもまた、同じくなんらかの底意、なんらかの意志の働きを免れえないということなんですよ。

(引用:まほり〈下〉P29-30)

古賀さんの伝承について。
このあたり読んでて、思わず『図書館の魔女』っぽいなぁと思ってしまった。このような内容を、マツリカ様がキリヒトに得意顔で解説してるのが目に浮かぶ。



およそ言葉というものは、欠けるにしても足されるにしても、形が変わるのに必ず動機を必要とする。なぜなら、放っておいたら勝手には変わらないというのが言葉のかなり重要な機能の一つだからだ。世の人が一般に信じているほどに言葉というものは闊達に変化したりなどしない。

(引用:まほり〈下〉P36)

”言葉”とは。



・説話が伝播していく主要な動因となる物語素は『性』と『暴力』と『差別』
(まほり〈上〉P38、〈下〉P80)


『由緒書上』の書き上げ自体が既に百年を遡行する時差を乗り越えて為されている……。史料には必ずこの二重の時差、すなわち「記録書き上げの時と読み解かれる時との間の時差」と「出来事と記録との間の時差」とが関わっている。

(引用:まほり〈下〉P88)
二重の時差……言われてみれば当たり前だけど、これを見るまで考えもしなかったな。

この岩塊の隘路を萎えた手足で必死に掴み、すでに片目しか開かぬその眼で霹靂を待ちながら、わずかな望みを懸けてまさに同じ岨道を辿っていった童女が三百年もの昔に居たことは、淳は知らない。自分の足下にどれだけの骨がうずまっていたのか、それを淳は知らなかった。この道筋を辿った者が、どれほどの「辿りえなかった者達」の怨嗟怨念を背負っていたのか、それを淳は知らなかった。

(引用:まほり〈下〉207)

ここ、一番好きなシーンかもしれない。


最後に

文庫本の上下合わせると、二重丸の中に目があるわけだが……これちょっとネタバレになっちゃう気がするんだよなぁ。『まほり』が『めほり』だとわかる瞬間の不気味感が薄まってしまうというか。




【オススメ】




『λに歯がない』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】


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自殺をすれば、一時でも周囲を自分の存在に目を向けるだろう、という予測だ。生きていても影響を与えることができない、あるいは、これ以上に、強い影響を与えられない。起死回生の最後の手段として、自殺がある」

(引用:λに歯がない P132-133)


森博嗣のGシリーズの第5弾『λに歯がない』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。

前回の感想はコチラ。
【『εに誓って』の感想】


目次

あらすじ

完全に施錠されていたT研究室で、四人の銃殺死体が発見された。いずれも近距離から撃たれており、全員のポケットに「λに歯がない」と書かれたカードが入っていた。また四人とも、死後、強制的に歯が抜かれていた。謎だらけの事件に迫る過程で、西之園萌絵は欠け落ちていた過去の大切な記憶を取り戻す。

(引用:λに歯がない 裏表紙/森博嗣)

感想

萌絵と犀川の登場頻度が高くてS&Mの延長を読んてる感があった。二人の関係性が目に見えて進展していて月日が流れてるんだなぁ……って改めて感じる。そして頭脳明晰の犀川は健在……と。常に萌絵とか海月の一歩先をいってるよね


あいも変わらず事件は謎を少し残したまま終わる不完全燃焼感。もちろん密室のトリック自体は明かされたけど、犯人は行方不明だし、『λ』の意味は推測の域をでないし、今回の『λ』はこれまでと違ってギリシャ文字を利用してこれまでの事件のカモフラージュで使われただけかもしれないし……。。


シリーズ折り返しの5作目でまだこんな手探りの状態だとは、思いもしなかった。これからの展開に期待していいんですよね!!!???


ギリシャ文字の謎は一向に答えが見えてこないけど、登場人物たちの関係は徐々に動きがでてきたのが印象的。S&Mの犀川・萌絵、Vの保呂草・各務亜たちが赤柳を軸に繋がってきたのが面白い。


まぁ犀川、萌絵、保呂草はすでに知った仲だけど、事件をきっかけに接近してる感がある。


──λに歯がない

ざっくりとした事件の全容としては、所長の梶間が事故死した田村香の復讐で関係者を殺害。歯を抜いたのは事故で田村香が歯を失ったから、同じ目にあわすために行った……と。

「もしかしたら、田村さんだから、λにしたのかしら」

(引用:λに歯がない P260)


と作品中に語られてはいたけど……、たむら、らむだ……。果たして本当にこれだけなのだろうか……。ギリシャ文字の意味としては今まで一番拍子抜け感が否めないんだが。


建物自体を動かす事件のトリックや、引き出しが勝手に開けられているといった伏線はなるほど、とは思ったけどそれをあっという間に解く犀川。流石の一言。

──印象に残った台詞・名言

「先生は、これ、真賀田博士が考えたことだと思われますか?」
「いや」犀川は簡単に首をふった。「この程度のことは、彼女の発想ではない」
「え?、では、たとえば、どの程度だと、真賀田博士の発想だと思えるんですか?」
《中略》
「たとえば、死んだ人間を、もう一度、生かす、というような発想だ」

(引用:λに歯がない P113)



「単に辛さから逃れるための自殺もあるけれど、もう一つの要因は、自殺することで、自分を社会に認めてもらおうという動機だね。自殺をすれば、一時でも周囲を自分の存在に目を向けるだろう、という予測だ。生きていても影響を与えることができない、あるいは、これ以上に、強い影響を与えられない。起死回生の最後の手段として、自殺がある」

(引用:λに歯がない P132-133)


犀川先生の自殺についての考え。
自殺って逃げ、諦めのイメージしかなかったけど……なるほどなぁ……。


死というものは、不思議なものだ。誰にでも訪れるごく身近で日常的な現象なのに、何故か、常に生から一番遠いところに追いやられている。言葉にすることさえ嫌がられる。子供が死について尋ねると、「そんか縁起でもないことを言わないで」と大人は顔をしかめるのだ。

(引用:λに歯がない P217)



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【『ηなのに夢のよう』感想】


【オススメ】




『εに誓って』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】


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「そう、生と死の狭間が美しい。その境界だけが、朝日や夕日のように特別に輝く」

(引用:εに誓って P272/森博嗣)

森博嗣のGシリーズの第4弾『εに誓って』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。

前回の感想はコチラ。
【τになるまで待って】

目次

あらすじ

山吹早月と加部谷恵美が乗り込んだ中部国際空港行きの高速バスが、ジャックされてしまった。犯人グループからは都市部とバスに爆弾をしかけたという声明が出される。乗客名簿にあった「εに誓って」という団体客名は、「Φは壊れたね」から続く事件と関係があるのか。西之園たちが見守る中、バスは疾走する

(引用:εに誓って 裏表紙)

感想

完全に騙された…!バスジャックの結末とεの組織に目を奪われていたら、まさかの叙述トリックだったか…。改めて読み返せば気付けるが、最初読んだときはまったく気づかなかった。え?バス転落して山吹たち死んだ…?って普通に思ってしまった。これはうまい。


これは前から気になっていたんだが、海月の萌絵に対する反応はなんなんだろう?

「西之園さんが、ここへ来るって」
「え?」海月は珍しく顔を上げ、こちらを向いた。

(引用:εに誓って P211)


寡黙で冷静沈着な海月が、萌絵が関わってくるといつもの反応ではない。根拠はまったくないけど、恋愛感情的なものではなく、過去に海月と萌絵の間で何かあったんじゃないかな。


いや、海月が一方的に萌絵の事を認知していたっていう可能性のほうが高いか…?けっこうわかりやすく伏線?っぽく何度か上記のようなやりとりがなされているから、流石にこの二人の関係性は後々明らかになると思うけど……。



──トリックの解説

結論から言えば叙述トリックで、そもそもバスが2台存在していたのである。
複数の乗客目線でバス内の様子が描かれており、物語に登場する全員が同じバスに乗っているように見せかけておいて、実は違いましたよーってのが叙述トリックの核。


事前にバスジャックの情報を入手した警察が動いたために、『εの集団自殺グループのバス』と『山吹たちが乗ったバスジャックされたバス』の2つが同時並行して進んでいたと。


更にトリックを見抜くのを難しくしているのは加部谷と筆談した柴田の存在である。柴田は、加部屋たちと同じく遅刻したために、εのメンバーでありながら、集団自殺のバスに乗っていないというイレギュラーな存在。


彼女の存在が、あたかもεの集団自殺のバスに山吹たちが乗ってしまったと錯覚させる大きなポイントである。

──印象に残った台詞・名言

「無も死も、有と生が作り出したもの。存在するものと、生きているものにもみ、その概念もその価値も、一瞬だけ浮かび上がる。しかし、捉えることはできません。何故なら、存在するものは消えることができないから。生きたままでは死ねないからです。破壊し尽くして、消し去ろうとしても、残骸の量が増すだけ。呼吸を止めて、死に至る苦しさを想像するしかない。涙で恐れを測るしかない。なんという健気なことでしょうか。それでも、面白いわ」

(引用:εに誓って P272)

「そう、生と死の狭間が美しい。その境界だけが、朝日や夕日のように特別に輝く」

(引用:εに誓って P272)


最後に

シリーズ4作目にしても、謎は増々深まるばかり、ギリシャ文字の意味とは、そして真賀田四季の考えは、そもそも彼女は本当にこれからの事件の背後にいるのか…?


Gシリーズの根幹を見極めるために、さらに森博嗣ワールドに足を踏み出さなければならない。


【オススメ】




『τになるまで待って』の感想を好き勝手に語る【森博嗣】


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「思考というのは、既に知っていることによって限定され、不自由になる」犀川が煙草を消しながら言った。「まっさらで素直に考えることは、けっこう難しい。重要なことは、立ち入らないことだ。

(引用:τになるまで待って P305)


森博嗣Gシリーズの第3弾『τになるまで待って』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。
前回の感想はコチラ。

【『θは遊んでくれたよ』感想】


目次

あらすじ

森に建つ洋館は”超能力者”神居静哉の別荘で《伽羅離館》と呼ばれていた。この屋敷のに探偵・赤柳初朗、山吹、加部谷ら7人が訪れる。突然轟く雷鳴、そして雨。豪華な晩餐のあと、密室で館の主が殺された。死ぬ直前に聴いていたラジオドラマは、「τになるまで待って」。大きな謎を孕む、人気のGシリーズ第三作。

(引用:τになるまで待って 裏表紙)

感想

密室トリックは分からなかったが、異界へ送る手品は、完璧ではないがトリックは海月の解説前に解くことができた。最初は加部屋たちが議論していた中に出てきたエレベータ説を考えていたが、屋敷の見取り図見て扉が開閉時に干渉してしまう違和感に気付けたので、そこから加部屋と、その他の人たちが入った部屋は最初から違ったのでは?と思い至れた。


でもこのトリックに気づくこと自体は、著者の想定の範囲内。むしろ気付いてほしかったから、わかりやすく本書冒頭に部屋の見取り図を描いてくれていたまである。


エレベータ(部屋自体に仕掛けがある)説を思いつき否定され、見取り図の違和感によって神居のマジックは解けたけど、それにとらわれて密室トリックまでは思い至らず……まさに著者の手のひらの上だったな。


密室トリックについては、拍子抜け……というか奇想天外じゃない現実的なトリックだった。この巻で重要なのは密室トリックうんぬんよりも、後々に関わってくるであろう、もろもろの伏線なんだろうな。


今回の事件も前回、前々回と同様に一応は解決しているものの、どこか不完全燃焼感のある展開。ラジオドラマ『τになるまで待って』についてもわからないまま。密室の謎は解けたが犯人は逃走中。なぜ神居が殺されたのかも謎。2階のコンピュータだらけの部屋の意味。


2階の部屋に関しては、赤柳が「真賀田四季の衛星通信の拠点だったのでは?」との意見もでていたが。
『すべてがFになる』に登場した妃真加島の建物に似た要素が伽羅離館にもあるし、まぁわからない話でもない。

──印象に残った台詞・名言

加部屋も海月に話しかけていたが、同様である。会話のブラックホールのような存在といえよう。

(引用:τになるまで待って P10)

『会話のドッチボール』は、キャッチボールをもじった表現でよく目にするが、『会話のブラックホール』は新しい。海月に対して的確すぎる表現。

「思考というのは、既に知っていることによって限定され、不自由になる」犀川が煙草を消しながら言った。「まっさらで素直に考えることは、けっこう難しい。重要なことは、立ち入らないことだ。海月くんが真理を見抜いたのも、その視点によるところが大きい」

(引用:τになるまで待って P305)

──最後に

途中の感想でも少し触れたが、密室トリックやらは面白みに欠けるところがあったが、シリーズ全体で考えた際には今後の展開が更に期待される巻であった。


【オススメ】