「だって、我々の仕事はその目標に向かう選手に伴走することなんだよ。相手がどこに行こうとしているのか、何をしたいのか、それすらわからずにサポートなんかできないだろ。そんな仕事になんの意味がある」
(引用:陸王 P346)
ドラマ化もされた話題作、池井戸潤の『陸王』の感想を語っていく。ネタバレありなので、未読の方はご注意を。
目次
あらすじ
埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」。日々、資金繰りに頭を抱える四代目社長の宮沢紘一は、会社存続のためにある新規事業を思い立つ。それは、伝統の技術を駆使したランニングシューズの開発だった。世界的スポーツブランドとの熾烈な競争、素材探し、開発力不足……数々の難問が立ちはだかるなか、従業員20名の地方零細企業が、一世一代の勝負に打って出る。ドラマ化もされた超話題作、ついに文庫化!
感想
池井戸潤といえば、『半沢直樹』や『下町ロケット』も『陸王』と同じくドラマ化されとくに人気なイメージ。
私は、著者の作品に今回始めて触れたわけだが、その人気の訳が今回の『陸王』を読んで少しわかった気がする。まぁつまりめっちゃ面白かった。
700ページほどあり、かなりのボリュームなのだが読んでいて飽きがこなく、読みやすく、熱い展開……。気がつけば一日で読み切ってしまった。
物語の舞台が埼玉県であり、地元ということもあり知っている市(なんなら住んでいた市)も登場し、親近感が湧いたのものめり込んだ要因の一つ。
──面白さはわかりやすさ
『陸王』の面白さは、わかりやすさにあると思った。
敵、味方がハッキリしていて、強大な敵をいかにして立ち向かっていくのかという展開・大逆転劇。そしてその過程で人間的に成長していく登場人物たちの心情。
こう書いてしまうとなんだか当たり前のことを言っているかもしれないが、その当たり前の王道展開でこれだけ飽きさせず読者に読ませることができるというのが、ドラマ化もされて人気になった要因かとしれない。
悪役のアトラクションがわかりやすく悪役に徹しているから逆転したときは読んでいて気持ちいいよね。
──とにかく熱い
『老舗足袋業者・こはぜ屋VS世界的スポーツブランド・アトランティス』が物語の軸になっていくわけだが、とにかく熱い展開が目白押し。弱小企業の大逆転劇が面白くないわけないんだよなぁ!?
物語の主軸が熱く、面白いのはもちろんだけど、個人的に一番好きなところはシルクレイをソール素材として活用するための試行錯誤の所。
父の要求に余裕でこたえられるだけのノウハウが飯山にないことは、もはや明らかだ。だが、それをいったところで、何が始まるわけでもないと、そのとき大地は思った。だがこのとき、こうも考えた。
何か新しいものを開発するということは、そもそもこういうことなのかもしれないと。困難であろうと、これを乗り越えないことには、次には進めない。だったら、そのために戦うしかない。時間と体力の許す限り。
〈中略〉
「ちょっとしたことだと思うんどけどな」
そのとき、飯山が溜息まじりにつぶやくのが聞こえた。
たしかにそうかもしれない。
だけど、その「ちょっとしたこと」に気づいて乗り越えるまでが、実は「たいへんなこと」に違いない。大地は、そう悟った。
(引用:陸王 P323-324)
一度すべてを失った飯山と、就活がうまくいかず悩んでいた大地のコンビが挑むこのシルクレイへの挑戦。
ダメ男だと思っていた飯山のものづくりに向ける熱い執念から見えた、不器用だけど芯のある漢の一面。就活がうまくいかず、ひねくれていた大地がその飯山の背中をみて成長していく様子。築かれる師弟関係と信頼関係。読んでいて胸が熱くなる。
登場人物たちの成長もこの物語で印象に残る所。
事なかれ主義でいた社長の一世一代の勝負
息子・大地のシルクレイを通しての成長
茂木の怪我を乗り越えての復活
ダメ男だと思っていた飯山の執念
全員が全員、過去を乗り越えていっている所とか読んでいて気持ちいいし、それを見て自分も頑張ろうって思えた。
──印象に残ったセリフ・名言等
「競合製品の研究はもちろんですが、走るということについての理解も必要なんじゃないですか」
(引用:陸王 P46)
物事の本質を理解しなければ、いい物はつくれない。目先のことばかりではダメってことだね。
父の要求に余裕でこたえられるだけのノウハウが飯山にないことは、もはや明らかだ。だが、それをいったところで、何が始まるわけでもないと、そのとき大地は思った。だがこのとき、こうも考えた。
何か新しいものを開発するということは、そもそもこういうことなのかもしれないと。困難であろうと、これを乗り越えないことには、次には進めない。だったら、そのために戦うしかない。時間と体力の許す限り。
〈中略〉
「ちょっとしたことだと思うんどけどな」
そのとき、飯山が溜息まじりにつぶやくのが聞こえた。
たしかにそうかもしれない。
だけど、その「ちょっとしたこと」に気づいて乗り越えるまでが、実は「たいへんなこと」に違いない。大地は、そう悟った。
(引用:陸王 P323-324)
「商品を提供する選手の癖、長所や短所、そして何よりシューズを履く足の大きさや形。それだけじゃなくて、性格や目標まで知るべきだと私は思うね」
「目標まで?」
大地がびっくりした顔になった。「そこまで必要なんですか」
「そりゃそうさ」
村野はさも当然とばかりにいった。「だって、我々の仕事はその目標に向かう選手に伴走することなんだよ。相手がどこに行こうとしているのか、何をしたいのか、それすらわからずにサポートなんかできないだろ。そんな仕事になんの意味がある」
(引用:陸王 P346)
最後に
池井戸潤作品は初の挑戦だったが、また素晴らしい著者を一人知ってしまった。ドラマ化も納得の読み応えのある作品だった。
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