「総員傾聴!天に在り、すなわちここに在る主神代理ケブネカイセの聖位のもと、大王主デイム・グレーデル・シンデルのしもべ、主教サー・アダムス・アウレーリアが命じる!系内平和をかき乱す、邪なる者滅ぼすため、一統身命を御許に擲ち、怒り、溜め、撃ち放せ!大気なくとも大地あり!」
(引用:天冥の標Ⅲ〈アウレーリア一統〉P67)
小川一水の長編SF小説『天冥の標』のシリーズ第3段『天冥の標Ⅲ〈アウレーリア一統〉』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。
前回の感想・考察はコチラ
【『天冥の標Ⅱ〈救世群〉の感想・考察』】
目次
感想
サブタイトルの〈アウレーリア一統〉から察せられた通り、『天冥の標Ⅰ』で登場したアクリラ・アウレーリアの先祖たちの話。
呼吸を必要としない電気体質のルーツや、アウレーリアの歴史など今まで語られていなかった興味深いことが目白押しだった。
ⅠとⅡに比べるとガッツリSFで今まで一番読んでてボリュームがあったな。Ⅰが約2800年、Ⅱが約2000年、そして今回のⅢが約2300年の話ということで、飛び飛びの時代に困惑しつつも、過去と未来の繋がりが見えてくると面白くてたまらない。
主要な登場人物たちが、ⅠとⅡの先祖だったりするので、アウレーリアとセキアの繋がりはここから始まったのか…とか垣間見えてる。とくに500年後の2800年でも繋がりがあるとか感慨深い。
アイザワとクルメーロも未だに一緒にいて、Ⅱの絶望的な状況からなんとか協力してやってきたんだろうとは想像できるけど、冥王斑患者の扱いが冥王斑発生から300年たった今でもあまり変わってなくて、彼女たちの境遇が胸にくる。
──ドロテア
物語の本筋はドロテアを巡る争いと言っていいだろう。Ⅰにサラッとでてきたこのドロテア。大きな宇宙船くらいのイメージだったけど、実際はとんでもなく物騒な代物だった……。そりゃ500年後の未来でも〈海の一統〉たちに語り継がれるわけだ。
終盤までドロテアを誰が、何のために作ったのか?というのは明かされなくて、次回に持ち越しかなぁと思ってたら、最後の断章でとんでもない事実が明かされて……。スケールが違いすぎる……。人間なんてちっぽけなんだなぁって……。
Ⅰでアクリラが「こんなところにドロテアがあるはずない!」みたいなこといってたけど、ドロテアの本質を知ったらそう思うのも納得。
やっぱりⅠでハーブCで重工兵が作業をしてたのってドロテアが目的としか思えなくなってきた。
ただし、今回でてきたドロテアと、Ⅰでアクリラが発見したドロテアは明らかに別物だと思われるんだよな。
その複雑で禍々しい姿をぼんやりと眺めているうちに、絡みつくパイプ類に隠された、紡錘形の精悍な輪郭を見つけたようにアクリラは思った。
見覚えがあった。屋敷の広間を圧していたタペストリー。《海の一統》の全員が全歴史を通じて目にしてきた伝説の旗艦。厳戒される破砕の箱。
(引用:天冥の標Ⅰ〈上〉P340)
形と大きさがⅢででてきたドロテアと異なる。一部が組み込まれたのかな。
──まだまだ謎は深まるばかりで……
ⅠとⅡでの繋がりは少なったけど、今回のⅢで今までの橋渡しができたようなイメージ。だがしかし解決された謎があれば、深まる謎もあるわけで……。まだまだストーリーがどこに向かっていくのか予想もつかない。
究極的には、ダダーとミスチフの対決に人類が巻き込まれているっていう構図なのかな……。現在でもその節があるけど。
「ミスチフ、失敗した被展開体。オムニフロラと睦んでしまった、ぼくの歓迎できない仲間だ」
(引用:天冥の標Ⅲ P509)
オムニフロラってこれまででてきたっけ……?はじめて見た気が……。
ドロテアを造るのにミスチフが裏で手を引いていたけれど、ミスチフがダダーと同じような被展開体だとすると、ダダーが人を利用してるように、ミスチフも”何か”を利用して、その”何か”がドロテアを造ったってことになるよな……?
──印象に残ったセリフなど
「それが私の境地。救世群の境地。囲まれて奪われて突き落とされて叩かれる。苦しくて、痛くて、息もできないでしょう。どうして自分がこんな目に遭うのかって、呪わしいでしょう。人も神も名にもかも遠ざけたくなるでしょう。──あたながわかるわ、とてもよくわかる。生まれてきた新しい赤ん坊を見るような気持ちよ。ようこそアダムス、愛しいわ。今までで一番あなたを近くに感じる」
(引用:天冥の標Ⅲ P384)
グレアの狂気。なんとなく千茅の影がチラつく。血を引いてるんだなぁって実感する。
「重要よ、知らないことを知るというのはね。それが無意味であればかるほどいい。意味を求めると濁るから。──私はそれが、私たちと海賊をわける点だと思っているわ」
(引用:天冥の標Ⅲ P424)
救世群は、どんな墓を作るのだろう。
はじめ太平洋上の小島にあり、紆余曲折を経て月に追いやられたのが彼らだ。もとの国籍や民族に関係なく、そういった差別を受けてきた彼らのことだから、当然、先祖代々の土地、代々の墓といった概念もないだろう。もっていないがゆえに、ああも恨むのかもしれない。
墓を持てない一族。そういういさ捉え方をすると、ひときわ救世群の悲哀が身に迫るような気がした。
(引用:天冥の標Ⅲ P532-533)
”墓を持てない一族”って形容、グサッてくる。