「湯川先生には何か確信があるんですか。そこまで強く断言できる理由を教えていただけますか」
「その理由は──」湯川は人差し指を立てた。「もし僕が新たに立てた仮設があたっているのなら、今のままではパズルを成立させるピースが一つ足りないからだ。そのピースは過去にしか存在しない」
(引用:沈黙のパレード P222東野圭吾)
ガリレオシリーズの最新長編『沈黙のパレード』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はコチラからどうぞ。
『沈黙のパレード』紹介
目次
あらすじ
突然行方不明になった町の人気娘が、数年後に遺体となって発見された。容疑者は、かつて草薙が担当した少女殺害事件で無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。さらにその男が堂々と遺族たちの前に現れたことで、町全体を憎悪と義憤の空気が覆う。秋祭りのパレード当日、復讐劇はいかにして遂げられたのか。殺害方法は?アリバイトリックは?
超難問に突き当たった草薙は、アメリカ帰りの湯川に助けを求める
(引用:沈黙のパレード /東野圭吾)
感想
草薙は係長に、そして湯川は准教授から教授へ、と時の流れを感じると共に歳相応の変化が伺えた。また過去作(容疑者Xの献身)についても少し触れられてるのもシリーズファンとしては堪らない。
『沈黙のパレード』を読んで心に残ったのは、法律の不安定さ、罪とは何なのか?そして蓮沼の醜さだった。私自身、法律に詳しくはない。『沈黙のパレード』では、犯人が法律の穴をつくような場面があるわけだが、その法律の穴によって苦しめられる被害者の遺族を見ていると歯がゆさを感じずにはいられなかった。
黙秘権
「何かやって万一捕まった場合、自白したらおしまい、というわけか」
「逆に言えば自白さえしなければ勝機を見出せる──そう学習したんじゃないか」
草薙は頬杖をつき、ため息をついた。「そんなふうに考えたことはなかったな.......」
「もし僕の空想があたっていたなら、その蓮沼という怪物を作り出したのは、他でもない日本の警察組織ということになる」
(引用:沈黙のパレード P77-78/東野圭吾)
元凶である蓮沼だが、殺人、恐喝、死体遺棄とクズ中のクズとして描かれていた。しかし湯川が語るように、その怪物を作ってしまったのが警察とは...皮肉である。
そしてまた、蓮沼が冷徹で頭がキレるというのも憎たらしい。
タイトルに『沈黙』とあるが、それが指す一つの意味が蓮沼が行使した黙秘権についてだろう。
冤罪を防止できたり、自分にとって不利益になる発言をしなくてもいい、という黙秘権のメリットを最大限に活かした蓮沼。
もちろん、明確な証拠があれば蓮沼の発言があろうがなかろうが罪に問われるデメリットもあるわけだが、蓮沼は確固たる証拠を残していない。
冤罪を防ぐためのものが逆に利用されて、罪を逃れるなんて行き場の無い怒りを感じる。
また蓮沼は死体遺棄罪の控訴時効が成立されるまで(3年間)身を潜める。
そのあとで堂々と『なみきや』に訪れ、さらには賠償金の請求をするなど憎悪の感情しか湧いてこない。まさにクズ中のクズ。
トリックは物足りない?
正直な話、トリックに関しては物足りない気がした。警察を悩ませた最大のトリックが「どうやって液体窒素を運んだか」だった。
『パレード』という言葉がタイトルになっているのもあり、読者はパレードに何らかの仕掛けがあるのでは?と考えるのは普通の流れではないだろうか。
物語の警察側から見るとわからないが、複数人が事件に絡んでいるとわかっている読者側からするとトリックの秘密(液体窒素の運搬)に関しては、そこまで予想外なものではなかった。
湯川が導き出した真実
しかし、トリックはさておき驚かされたのは湯川がたどり着いた事件の全貌だ。
物語が二転三転し、次第に明らかになっていく心情描写の巧みさは、やはり流石の一言。月並みな言葉だがラストに進むにつれてページをめくる手が止まらなくなった。
蓮沼が起こした二つの事件と、蓮沼が殺害された今回の事件。一見単純そうに見えるこれらの事件。しかし裏に隠された人々の思惑は予想を越えるものだった。
やはり、『ガリレオシリーズ』では愛情が一つのテーマであると思う。過去作の『容疑者Xの献身』は言わずもがな。
今回の『沈黙のパレード』では、並木佐織への家族や町の人々の愛情。増村の妹と姪っ子への愛情。新倉夫婦の愛情。と、彼等の思いが複雑に絡み合っていた。
一人の男が私欲のためにこれだけのものを踏みにじっていると考えると...考えれば考えるほど蓮沼への憎悪がこみ上げてくる。
たとえこの様な男とはいえ、殺してしまえば罪になるというのが、理性ではわかっていてもなかなか受け入れられないことだ。