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『天冥の標Ⅴ〈羊と猿と百掬の銀河〉』の感想:本当の根源に迫る【小川一水】


「知ろうとした?今は違うの?」
「今でもそうだ。けれどもぼくは思ったよりもたくさん見てしまったから」
「何を?」
「人が、可憐に滅んでいくさまを」
かの者を除いて、この世に彼より可憐でないものなど、存在しなかった。

(引用:天冥の標Ⅴ P315-316/小川一水)


小川一水の人気SFシリーズ『天冥の標Ⅴ〈羊と猿と百掬の銀河〉』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


前作の感想はコチラ
【『天冥の標Ⅳ』の感想】

目次

感想

Ⅰ〜Ⅳでは、少しずつ触れてきていたノルルスカインについて一気に進展した巻だった。


断章のノルルスカインについて語られる所は格別に面白い。面白いが……如何せん話が難しい。しかしタックたちの話と並行だったので丁度いい読み具合だった。


もちろん今回も独立した話な訳もなく、これまでの各巻(Ⅰ〜Ⅳ)に散らばってる伏線の回収がされ、また一つ核心に迫ってきた感がある。


ドロテア・ワットがでてきた所とか、こう繋がるのか!と興奮したし、冥王斑の出処もついにでてきた。前からコトクトは出てきていたが、”誰が”、”どうやって”行っていたかちゃんと明記されたのはコレが初だったはず。

オムニフロラの攻撃を察知するのは困難である。ごく小さなポッドを使って惑星へ保菌生物を降下させるからだ。
《中略》
広い惑星表面に六本足のサルの幼獣を収めた卵を一日ひとつだけ落とすという方法で、かの者は攻撃できる。

(引用:天冥の標Ⅴ P304)


先を読み進めば読み進めるだけ、以前の巻を読み返したくなる。今読み返したら新しい発見がありそう。


──ダダーのノルルスカイン編

相変わらずノルルスカインが出てくる話は、スケールが宇宙の基準だから年月が桁違い。今回はノルルスカインの誕生から成長、そして宿敵のオムニフロラとの戦いが描かれてる訳だが……。


どこをとっても興味深くて面白い。これまでのⅠ〜Ⅳのチラっと書かれた断章だけでも満足だったのに、今回は濃密すぎてお腹いっぱい。


ノルルスカインは、サンゴ人の奇妙な生態や他人依存な生き方に触れて誕生・成長をしたために彼らの生態と近しい所があるわけだが、じゃああのイタズラっこで自由奔放なミスチフは何が元で誕生したのか気になるところではある。たぶん語られることはないだろうが……。


ノルルスカインとオムニフロラの対立の進行が素直に面白い。
オムニフロラについてはⅢの感想で触れたがずっと気になっていて、ようやくでてきたか!って感じ。
【『天冥の標Ⅲ』の感想】
『天冥の標Ⅲ〈アウレーリア一統〉』感想:過去と未来を繋ぐ物語【小川一水】 - FGかふぇ


Ⅳまでの段階では、ミスチフ自体がノルルスカインと対立してるかと思っていたが、ミスチフが呑み込まれたのはビックリだった。弱肉強食……。


今思い返せば、Ⅲでフェオドール(ノルルスカイン)とオムニフロラの対面のシーン……こんなに深い因縁だったんだなって。

「あぁ、よく知ってる。こいつはぼくときみたちの敵だ。なかんずくきみたちとは、三百年前から不倶戴天となった──」
フェオドール・ロボットは、人の胴ホドもある玉石を連ねた右腕を振り上げ、轟然と突進した。
「ミスチフ、失敗した被展開体。オムニフロラと睦んでしまった、ぼくの歓迎できない仲間だ」

(引用:天冥の標Ⅲ P509)


ノルルスカイン目線で見るとオムニフロラとは敵対関係なわけだけど、オムニフロラは純粋な生存本能で動いていて、悪意がないのが逆にこわい。姿が植物なだけあって構造というか生態を強く反映してるのも面白い。


植物のテーマのSFというと以前『地球の長い午後』を読んだことあって、これも植物の純粋な生存本能からくる意図しない悪意が印象的だった。癖は強いけどオススメ。

【『地球の長い午後』紹介】
植物が地球を支配した世界『地球の長い午後』のあらすじ・感想を好き勝手に語る【ブライアン・W・オールディス】 - FGかふぇ

──本編(農業編)

宇宙での食料(農業)事情の話が個人的にすごく好き。Ⅲの〈アウレーリア一統〉みたいなゴリゴリに宇宙船を使った戦闘や宇宙海賊との争いも、いかにもSFって感じがしてワクワクする。


しかしそれ以上に、生活を支える『食』という生きていくうえで必要不可欠な存在が、地球外の環境においてどのようにまかなわれているのか?さらには地球外ではどのような問題が発生するのか?など派手さはないが、身近に感じてとても興味をひかれるし面白い。


また、農業だけではなくて地球ではない場所での食べて、寝て、働くという”普通”の暮らしが、今までのⅠ〜Ⅳではあまり描かれていなかったので、そんなあたりまえのような日常生活がみれて新鮮だった。


ザリーガがイシスのクローンというのは、明かされる前から予想がついたけど、アニーの正体は予想外すぎた……終盤までわからなかった。


また、詳細は語られてなかったけど、レッドリートもオムニフロラの仕業としか思えない。


タックたちの説明だと食用じゃない麦が広がるだけかと思ってたけど(それでも農家としたら大惨事だが)、残されてた映像の内容えぐすぎたな。そりゃ必死に食い止めようとするのも理解できる。あの生存能力、意図してない悪意がオムニフロラを連想させられる。

最後に

大きな進展をみせた巻、本編も断章もめっちゃ面白かった。Ⅰ〜Ⅴまで読んできたけど一番好きな巻になった。

次→
【天冥の標Ⅵ〈宿怨〉の感想】

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『星を継ぐもの』シリーズ一覧!全4作品+αをまとめて紹介する【J・P・ホーガン】


「夢を描くことがなくなったのだね」ダンチェッカーは悲しげに頭をふった。「それは悲劇だ。わたしたちが今当たり前と思っていることはすべて、誰かが突拍子もない夢を描いたところから始まっているのだからね」

(引用:巨人たちの星 P259/J・P・ホーガン)


名作は色褪せない。
1980年に発売したジェイムズ・P・ホーガンのデビュー小説『星を継ぐもの』。40年経った今でもその魅力はまったく衰えていない。


今回は私がSF小説にはまった原点であるこの『星を継ぐもの』について、シリーズの魅力と特徴に触れ、そのあとに各作品を一つずつピックアップして紹介していく。


一つ注意して頂きたいのは、シリーズ作品を紹介していく都合上、2作品目以降の紹介の場合、まったくネタバレに触れないというのは難しい(もちろん踏み込んだネタバレは避けているが)。


まっさらの状態で楽しみたい方は、1作品目の『星を継ぐもの』の紹介のみでブラウザバックしていただければと思う。またホーガンの作品一覧はコチラ。
作品一覧


目次

『星を継ぐもの』シリーズとは?

『星を継ぐもの』シリーズは4つ(邦訳されていない作品を入れれば5つ)の作品で構成されるハードSFシリーズである(〈ガニメアン〉シリーズとも呼ばれる)。著者はイギリスのジェイムズ・パトリック・ホーガン。

以下作品一覧

1.星を継ぐもの 〈1980年〉
2.ガニメデの優しい巨人 〈1981年〉
3.巨人たちの星 〈1983年〉
4.内なる宇宙 〈1997年〉
5.Mission to Minerva〈2005年〉

※内なる宇宙のみ上・下巻構成


『星を継ぐもの』は1980年に発売され、2018年には驚異の100刷を達成した、数字にも裏付けられた名作である。また小説の他に漫画化もされており、その人気の根強さが伺える。

シリーズの特徴・魅力

──人類は無限の宇宙へ

シリーズの時代は現代の科学より少し進んだ未来の話。人類の探究心は宇宙へ手を伸ばし、留まる所を知らなかった。火星の砂漠には探検隊が組織され、金星の雲には探査船が飛び、木星にも探検隊が着陸している。


そして月では月面探査基地があり、開削作業と現地探査が行われている。『星を継ぐもの』では月面で奇妙なモノが発見されたことによって物語の幕が開ける。


──緻密な構成と壮大なスケール

練りに練られた緻密な物語の構成と、それと対を成すような宇宙の壮大なスケールが描かれているのがこのシリーズの魅力の一つである。


小さな発見を積み重ねて真実に近づくその様は、上質なミステリのような緻密な構成であり、なおかつテーマは宇宙……月から始まり木星へ調査の足を伸ばし、地球に戻ってきたと思えば、更なる未知との遭遇が主人公たちを待ち受ける。


息をつかせない展開と驚愕の真実の連続がきっと、読み手を夢中にさせてくれるはずだ。巻を増すごとに新たなる展開を見えせくれるので、是非シリーズを通して読んでみてほしい。


1.星を継ぐもの

──あらすじ

月面で発見された真紅の宇宙服をまとった死体。だが綿密の調査の結果、驚くべき事実が判明する。死体はどの月面基地の所属でもないだけでなく、この世界の住人でさえなかった。彼は5万年前に死亡していたのだ!一方、木星の衛星ガニメデで、地球のものではない宇宙船の残骸が発見される。関連は?J・P・ホーガンがこの一作を持って現代ハードSFの巨星となった傑作長編!

評価10/10
──月面探査で見つかったのは5万年前の人間の死体だった!?
物語は月面で宇宙服を身につけた死体が発見されて幕をあける。月面で死体が発見されることでも驚きなのに、調査の結果その人物は5万年前に死んでいたことが分かったのだ!!(ちなみに地球でいう5万年前というのは、ホモ・サピエンスが登場した頃である)


『星を継ぐもの』の面白い点は、宇宙、そして宇宙人という壮大なテーマの物語であるにも関わらず、ストーリーは一貫して月面の死体は何者なのか?どこから来たのか?に特化している点だ。


物理学、言語学、天文学、数学、化学、地理……ありとあらゆる専門家が様々な視点から謎に迫っていくのだが、その様子がたまらなく面白い。


例えるとすれば難解なパズルだろう。偽物も混じるたくさんのピースの中から専門家たちが、正しいピースを見つけ出す。そしてその正しいピースを主人公のヴィクター・ハントがあるべき所に並べ変える。


こんなにワクワクする小説はそうない。私をSF沼に落とした、自信を持ってオススメできる一冊。


【関連記事】
あらすじ・紹介
『星を継ぐもの』あらすじ・紹介:月面探査で見つかったのは……5万年前の死体!?【ジェイムズ・P・ホーガン】 - FGかふぇ


2.ガニメデの優しい巨人

──あらすじ

木星の衛星ガニメデで発見された2500万年前の宇宙船。それを建造した異星人種はガニメアンと名づけられた。ハント、ダンチェッカーら科学者たちは、宇宙船内で目にするその進歩した技術の所産に驚きを隠せない。彼らはどこに去ったのか。だが調査中、深宇宙から非行物体がガニメデを目指し接近してきた。はるか昔に太陽系を出発したガニメアンが帰還したのだ。シリーズ第2弾!

評価9/10
──未知との遭遇、溢れるロマン
シリーズ第2弾『ガニメデの優しい巨人』では、『〈ガニメアン〉シリーズ』と言われる所以になっている地球外生命体”ガニメアン”との邂逅から物語がはじまる。


このガニメアンとの邂逅シーン、これが最初の見所だと思う。裏表紙のあらすじなどで、ガニメアンと接触があることは、あらかじめ分かっている。分かってはいるものの、このシーンは読んでいて面白い。宇宙人との邂逅なんてロマンの塊でしかない。


前作では「ガニメアンが2500万年前に忽然と姿を消してしまった」という事実しか分からなかったが、その『星を継ぐもの』で残された伏線も徐々に明らかになっていく。


また本書では、生物論、進化論についての話題が非常に興味をひかれる。何故、鳥の形態が生まれたのか?何故、地球人の技術発展のスピードがめざましいのか?ミネルヴァ(木星の衛星)での進化の過程etc...ホーガンによって綴られた生物論・進化論の世界観は独特だがストンと納得できた。


何が面白いかって地球人目線ではなく、ガニメアン目線でも地球の生物について語られるので、今までに気にしたこともないことにも気付かされた。とくにガニメアンから見た地球人への見解が興味深い。


3.巨人たちの星

──あらすじ

冥王星のかなたなら届く〈巨人たちの星〉のガニメアンの通信は、地球人の言葉で、データ伝送コードで送られていた。ということは、この地球はどこからか監視されているに違いない。それも、かなり以前から……!五万年前に月面で死んで男たちの謎、月が地球の衛星になった謎、ミネルヴァを離れたガニメアンたちの謎など、前二作の謎が見事に解き明かされる、シリーズたちの3作!

評価9/10
──シリーズ三作目、裏切らない面白さ
さらなる異星人との闘いがはじまるシリーズ3弾『巨人たちの星』。私が一番面白いと思った所は、現代社会に蔓延る謎や、過去の地球人の歴史と異星人の侵略をうまく溶け込ませて物語が描かれている点だ。


過去長い間、地球人は呪術や無力な偶像などの迷信を信じ非科学的な精神構造を持っていた。なぜ、合理主義的な生き方ができていなかったのか?


なぜ、19世紀のヨーロッパで科学や理性の発達を妨害するような、心霊教やオカルトなど荒唐無稽な信仰や運動が蔓延したのか?史実を絡めた展開にリアリティを感じずにはいられない。


さらには前2作の伏線も見事に回収していくのだからもうたまらない。シリーズの一区切りとなる圧巻の一冊。

4.内なる宇宙

──あらすじ

架空戦争に敗れたジェヴレン。その全土を管理/運営くる超電子頭脳ジェヴェックスは、一方で人々を架空世界漬けにし、政治宗教団体の乱立を助長していた。一指導者による惑星規模の大プロジェクトが密かに進行するなか、進退谷まった行政側は、ついに地球の旧き友、ハント博士とダンチェッカー教授に助力を求めるが……《巨人たちの星》3部作から10年、待望の第4部登場!

(引用:内なる宇宙〈上〉/J・P・ホーガン)


評価8/10
──壮大なる物語の終着点
シリーズの最後のストーリーとなる『内なる宇宙』。これまでのシリーズとは少し毛色は異なるが、間違いなく傑作。


というのも、『内なる宇宙』は10年越しのシリーズ4作品目で、『星を継ぐもの』『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』の3作品とは違って、初めは作者自身も「続編を書くつもりはなかった」と本書冒頭に書かれている。毛色が違うのもなんとなく納得できる。


タイトルの意味がわかったときが圧巻……。是非ともタイトルの意味を推理しながらこの『内なる宇宙』を読んでみてもらいたい。


他の方のブログや感想を拝見すると「3部作まででよかった」などの声が多く見られた。私もその気持ちは分かる。シリーズとしては『巨人たちの星』までのほうがまとまりがあったと思う。でもそれは『内なる宇宙』がつまらなかったという訳ではない。シリーズとしてのまとまりからは少し外れていたかな、というだけ。面白さは保証する。

5.Mission to Minerva【追記(2021.5.29)】

邦訳はされていないものの、シリーズ5作目が『Mission to Minerva』。私は原文で読める気がしないので手を出さてはいないが、英語が得意な方はチャレンジしてみてはいかがだろうか。


最後に

間違いなく面白いシリーズではある。しかし一つ懸念点をあげるとすれば”難しい”ところ。SF用語……というか科学用語が目白押しなのでSF慣れしていない方からすると拒否反応がでてしまうかもしれない。


だけれども”なんとなく”で読み進めても物語は楽しめるようにできている。事実、科学分野に疎い私だが『星を継ぐもの』がSFにはまったきっかけである。


SFアレルギーを出さず、「よくわからんけど、そういうものがあるのか」程度に肩の力を抜いてチャレンジしてみてほしい。SFにあまり触れてこなかったあなたにこそ、新しい世界が見えるシリーズのはずだ。


【オススメ】




『天冥の標Ⅳ〈機械じかけの子息たち〉』の感想:少年は種族を超える【小川一水】



小川一水の天冥の標シリーズ第4弾『天冥の標Ⅳ〈機械じかけの子息たち〉』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。

前回の感想はコチラ
【『天冥の標Ⅲ』感想】

目次

感想

──全体を通して

前情報で「『天冥の標Ⅳ』は癖がつよいから読者を選ぶかもしれない」と聞いていたから、どんな展開がきてもいいように身構えていたつもりではいたが……これは予想外だった。


主人公たちの目指すところが究極の性行為である混爾〈マージ〉のため、物語のほとんどが性描写なのはド肝を抜かされた。しかしそれでいて、ただエロティックなだけでないというのも不思議で面白いところ。


こんなストーリーもありなんだな、と一つ勉強になった。


ラゴスの印象と仲間からの扱いが1巻とまるで違っていて困惑したけど、全部読み切ってからは納得した。ラゴス自身も言ってたけど、そりゃ4人も混ざればそうなるか。なにせキリアン、ラゴス、アウローラ、ゲルトルッドの異なりすぎる4人なわけだし。なによりそれを収めることができるラゴスの器のでかさよ。また1巻読み返したくなる。今読んだらラゴスの印象が変わりそう。



──救世群と《恋人たち》

救世群であり、恋人たちになってしまったキリアンが二つの集団の架け橋となった場面が一番印象的だったかもしれない。


アウレーリアなど変わり者が多く登場する天冥の標において、さらに特殊な立場にいる救世群と《恋人たち》。

冥王斑という、呪いにも似た目に見えない強い力に、三百年この方縛りつけられ、それを憎みつつも、それを含む血液をワクチン材料として売らねばならないのが、救世群だ。冥王斑と向き合うことを、生まれてから死ぬまで、無意識のレベルから強制されているのがキリアン自身だ。
そんなキリアンにとって、自分たちの生業の中心に『混爾』という正しいものを置き、理屈抜きでそれを求めていりれる《恋人たち》は息詰まるほどまぶしく感じられた。

(引用:天冥の標Ⅳ P276-277)


まったく違う立場にあると思っていた二つだが、似た境遇にあるとわかった場面ではなるほど……と思わずいられなかった。それと協力関係になれればいいのに……と。そう思ってたら物語の流れがその通りにいってくれて……。

「別じゃない、だってほぼ間違いなく、救世群の人々もきみと同じ不満を溜めこんでいるだから。三百年の孤独を強いられて出会いを求められているんだから。今のきみの過去の仲間をつなぐ共通の感覚というものがもしあるとすれば、それを措いて他にない。きみは《恋人たち》に受け入れられた。きっと救世群の人々も受け入れてもらえるだろう。ここに仲間がいる。二億キロ離れたところにいる人々に、他人を救おうと思わせる呼びかけが、これ以外にあるかい?」

(引用:天冥の標Ⅳ P446)



救世群同士を除いて、《恋人たち》が救世群と分け隔てなく接することができる唯一の仲間。それと300年の孤独を経てようやく巡り会えると!めでたしめでたし!!


で、終わりそうもないのが悲しいところ。


Ⅰで《恋人たち》はでてきているが、救世群がでてきていない。そもそもラゴスたちが何故〈メニー・メニー・シープ〉にいたのかわからないけど、救世群と共生していないことは明らかだった。


Ⅰで救世群に近い性質を持っているのは咀嚼者なわけだけど……咀嚼者と救世群……いや、変な詮索はやめよう。

──《恋人たち》の原点と『混爾』の正体とは?

《恋人たち》の原点の話で、ウルヴァーノが出てきたのは本当にびっくりした。ここでお前がでてくるんかい!と。Ⅲで確かに変わり者だとは感じていたけど、《恋人たち》の原点になるほどの大物だったとは思いもしなかった。


『混爾』は、哀れな《恋人たち》に授けられた、代替の神か。
それともこの概念には、まだ何か見極めるべき深みがあるのか。
われら、いまだ交わりを知らざるのか、否か。

(引用:天冥の標Ⅳ P520)



『混爾』とは何か?を探る事に物語の大半が割かれているが、結局決定的な答えが明かされないまま物語の幕は下りてしまった。とくにラストでは上記のP520の引用をはじめ、核心に触れそうな所はたくさんあった。


読中は「子供をつくること」が混爾なのでは?と思いながら読んでいたのだが、エピローグを読むかぎり、それは否定されているんだよなぁ……。


最後に

Ⅰ〜Ⅳまで読んで思ったのは、Ⅰ単体で読んでも面白かったけれど、Ⅰは伏線の塊だったんだなぁと思い知らされる。今回の《恋人たち》しかり、Ⅱでは救世群、Ⅲではアウレーリア。


これまでのⅡ〜Ⅳは、謂わばⅠで登場した主要人物たちの昔話。Ⅰより未来の話、または近い時間軸の話がこれからでてくるだろうが、それが楽しみでならない。


まったく関係ないかどアウローラ=オーロラ(Ⅰで登場した《恋人たち》)だと深読みしてたのは内緒。


【『天冥の標Ⅴ』感想】



【オススメ】




『すべてがFになる』をはじめとする『S&Mシリーズ』の作品一覧とあらすじ・感想【森博嗣】


『すべてがFになる』をはじめとする森博嗣の人気シリーズ『S&Mシリーズ』を物語の核心に触れるネタバレはしないで、簡単な感想と紹介をしていく。

『S&Mシリーズ』の次、『Vシリーズ』のあらすじ等はコチラ。


目次

1.【S&Mシリーズ作品一覧】

1.『すべてがFになる』 The Perfect Insider
2.『冷たい密室と博士たち』 Doctors in Isolated Room
3.『笑わない数学者』  Mathematical Goodbye
4.『詩的私的ジャック』 Jack the Poetical Private
5.『封印再度』 Who Inside
6.『幻惑の死と使途』 Illusion Acts Like Magic
7.『夏のレプリカ』 Replaceable Summer
8.『今はもうない』 Switch Back
9.『数奇にして模型』 Numerical Models
10.『有限と微小のパン』 The Perfect Outsider

2.S&Mシリーズとは?

シリーズ名の『S&M』とは、主人公のイニシャルに由来するもので、犀川創平〈サイカワソウヘイ〉の『S』、西之園萌絵〈ニシノソノモエ〉の『M』からそれぞれ取られたものである。


シリーズの大まかな流れとしては、萌絵が事件に巻き込まれ、犀川がやむを得ず解決するという流れが多い。またトリックの多くに工学などの理系分野で構成されているのが大きな特徴であるため、「理系ミステリー」と称されることもしばしば。


森博嗣いちばんの代表作と言っても過言ではないのが『すべてがFになる』である。第1回メフィスト賞を受賞したデビュー作であり、『S&Mシリーズ』口切りの作品である。

3.作品紹介

──すべてがFになる

あらすじ

孤島のハイテク研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。彼女の部屋からウェディング・ドレスをまとい両手両足を切断された死体が現れた。偶然、島を訪れていたN大教授・犀川創平と学生・西之園萌絵が、この不可思議な密室殺人に挑む。ミステリィの世界を変えた記念碑的作品。


〈評価10/10〉
衝撃のデビュー作!伝説の始まり
だれが犯人なのか?どんなトリックを使っているのか?これらの要素はミステリーで欠かせない要素だが『すべてがFになる』は、これらに対する解答が素晴らしいと思う。


天才工学博士・真賀田四季の部屋にあるコンピューターのカレンダーには、たった一行のメッセージが残されていた。そのメッセージが『すべてがFになる』


謎めいたタイトルに秘められた意味が分かったときの衝撃といったら他にない。印象的すぎるタイトルにして意味不明なタイトルであるが、読んでから考えるとこれ以上のタイトルはないだろうと思える。


──冷たい密室と博士たち

あらすじ

同僚の誘いで低温度実験室を訪ねた犀川助教授とお嬢様学生の西之園萌絵。たがその夜、衆人環視かつ密室状態の実験室の中で、男女二名の大学院生が死体となって発見された。被害者は、そして犯人は、どうやって中に入ったのか!?明かされる驚愕の真相そしてトリック。ますます研ぎ澄まされるシリーズ第2弾。

〈評価5/10〉
シリーズ第2弾、王道ミステリィ
シリーズ第1弾『すべてがFになる』に比べると『冷たい密室と博士たち』は、王道の本格ミステリィに近い感じである。


事件そのものはかなりシンプルではあるが、そのシンプルさの裏に隠された真実をぜひ堪能してみてほしい。


──笑わない数学者

あらすじ

偉大な数学者、天王寺翔蔵博士の住む「三ツ星館」。そこで開かれたパーティの席上、博士は庭にある大きなオリオン像を消してみせた。一夜あけて、再びオリオン像が現れた時、2つの死体が発見され……。犀川助教授と西之園萌絵の理系師弟コンビが館の謎もと殺人事件の真相を探る。超絶の森ミステリィ第3弾。

〈評価7/10〉
巨大なオリオン像の消失の先で…
物語上でのインパクトのある事件は、高さ5メートルほど、重さ推定10トンを超えるであろうブロンズ像が一夜にして消え、さらに翌朝には復活してしまう。


ミステリをよく読む方なら像消失のトリック自体はそこまで難しくないかもしれないが、そこからどう犯人を予測していくのかが本番だと思う。


終わり方も印象的で、タイトルの意味を考えながら読んでもらいたい一冊。


──詩的私的ジャック

あらすじ

大学施設で女子大生が連続して殺された。現場は密室状態で死体には文字状の傷が残されていた。捜査線上に浮かんだのはロック歌手の結城稔。被害者と面識があった上、事件と彼の歌詞が似ていたのだ。N大学工学部助教授・犀川創平とお嬢様学生・西之園萌絵が、明敏な知性を駆使して事件の構造を解体する!

評価6/10
詩的な理系ミステリィ!?
現場を”何故”密室にしたのか?
密室をどうやって『作ったか』ではなく、どうして『その状態にしたのか』という理由というのがとても面白い。


理系ミステリィと詩的な要素の組み合わせが印象的。犀川と萌絵の進展がみられる一冊でもある。


──封印再度

あらすじ

50年前、日本画家・香山風采は息子・林水に家宝「天地の瓢」と「無我の匣」を残して密室の中で謎の死をとげた。不思議な言い伝えのある家宝と風采の死の秘密は、現在にいたるまで誰にも解かれていない。そして今度は、林水が死体となって発見された。二つの死と家宝の謎に人気の犀川・西之園コンビが迫る。

評価6/10
封印再度〈Who inside〉 
壺の中の取り出せない鍵と、その鍵で開く箱の謎。そして凶器が見当たらない蔵の中で亡くなる事件の謎。


封印再度とサブタイトルの〈Who inside〉のダブルミーミングが洒落てていい。この二つのタイトルに秘められた意味とは……!?


──幻惑の死と使途

あらすじ

「諸君が、一度でも私の名を呼べば、どんな密室からも抜け出してみせよう」いかなる状況からも奇跡の脱出を果たす天才奇術師・有里匠幻が、衆人環視のショーの最中に殺された。しかも遺体は、霊柩車から消失。これは匠幻最後の脱出か?幾重にも重なる謎に秘められた真実を犀川・西之園の理系師弟が解明する。

評価8/10
手品の最中に巻き起こる殺人事件
『幻惑の死と使途』は、マジックショーを舞台としたミステリ。マジックとミステリ、いずれも相手を驚かせるという点で一致している両者だが、それが組み合わさった作品である。


本書でまず驚くのが『幻惑の死と使途』は奇数章だけで構成されている点だ。なんとも奇妙だが、その理由は、次作の『夏のレプリカ』と対になっていてコチラが偶数章のみの構成となっている。


シリーズを通して犀川の哲学的なセリフが面白い天秤だが今回の物語では〈名前について〉が印象的。
「ものには名前がある、という概念なんだよ。すべてのものに名前がある、ということに気づけば、あとな簡単なんだ。」


──夏のレプリカ

T大学大学院生の蓑沢杜萌は、夏休みに帰省した実家で仮面の誘拐者に捕らえられた。杜萌も別の場所に拉致されていた家族も無事だったが、実家にいたはずの兄だけが、どこかへ消えてしまった。眩い光、朦朧とする意識、夏の日に起こった事件に隠された過去とは?『幻惑の死と使途』と同時期に起こった事件を描く。

評価7/10
表と裏の物語
先述した通り『幻惑の死と使途』と対になる物語。


奇数章、偶数章で交互に展開されているだけではなく、物語の内容自体もまさに表と裏。派手な内容な『幻惑の死と使途』と比べると『夏のレプリカ』は人の心の闇を覗くような鬱々とした物語となっている。


事件そのものは密室も複雑なトリックも無くシンプルで、人の心情をひたすらに追った印象。S&Mシリーズの中では、かなり異質であると言えるだろう。


──今はもうない

避暑地にある別荘で、美人姉妹が隣り合わせた部屋で一人ずつ死体となって発見された。二つの部屋は、映写室と鑑賞室で、いずれも密室状態。遺体が発見されたときスクリーンには、まだ映画が……。おりしも嵐が襲い、電話さえ通じなくなる。S&Mシリーズナンバーワンに挙げる声も多い清洌な森ミステリィ。

評価8/10
二つ密室ともう一つの謎
『今はもうない』では、犀川と萌絵の視点ではなく、”笹木”という人物の視点で物語が進行していく。この笹木がかなり曲者で読みすすめる上で賛否両論があると思う。正直、私は苦手だった。


しかし、苦手だったのはこの笹木だけで、物語は上質そのもの。S&Mシリーズを読み続けている人は思わず唸る、そんな作品となっている。本書には密室の殺人事件の他にもう一つ隠された謎があって……!


──数奇にして模型

模型交換会場の公会堂でモデルの女性の死体が発見された。死体の首は切断されており、発見された部屋は密室状態。同じ密室内で昏倒していた大学院生・寺林高司に嫌疑がかけられたが、彼は同じ頃にM工業大で起こった女子大学院生密室殺人の容疑者でもあった。複雑に絡まった謎に犀川・西之園師弟が挑む。

評価8/10
あなたは正常?それとも異常?
人にとって、正常と異常の違いはなにか?そんな疑問が『数奇にして模型』のテーマの一つであると思う。


これまで数多くの変人を生み出してきたS&Mシリーズのなかでも、ひときわ癖のある人物が登場する。こういった人格を創造できる著者すごいなと改めて思い知らされる。


──有限と微小のパン

日本最大のソフトメーカが経営するテーマパークを訪れた西之園萌絵と友人・牧野洋子、反町愛。パークでは過去に「シードラゴンの事件」と呼ばれる死体消失事件があったという。萌絵たちを待ち受ける新たな事件、そして謎。核心に存在する、偉大な知性の正体は……。S&Mシリーズの金字塔となる傑作長編。


評価10/10
再びの邂逅、納得のシリーズ最終章
「そうだ、私はこんなミステリーを求めていたんだ」
読み終わったあとに素直にそう思った。シリーズを締めくくるにふさわしい一冊。


これまで積み上げたモノすべてが一瞬でひっくり返され、想像もしていなかった結末を与えてくれる。もちろんそれは荒唐無稽なものではない。


ラスト100ページ、怒涛の展開を見逃すな…!


最後に

S&Mシリーズ10作品いかがだっただろうか。刊行順に読んでいくのがもちろん一番だが、個人的に『すべてがFになる』と『有限と微小のパン』は必ず読んでほしいと思う。理由はネタバレになってしまうので言えないが…。読んだ方なら二つの作品の共通点がわかると思う。


理由については下記リンク先で書いている。『有限と微小のパン』のネタバレありなので注意。
【『有限と微小のパン』感想】





【オススメ】




『天冥の標Ⅲ〈アウレーリア一統〉』感想:過去と未来を繋ぐ物語【小川一水】

「総員傾聴!天に在り、すなわちここに在る主神代理ケブネカイセの聖位のもと、大王主デイム・グレーデル・シンデルのしもべ、主教サー・アダムス・アウレーリアが命じる!系内平和をかき乱す、邪なる者滅ぼすため、一統身命を御許に擲ち、怒り、溜め、撃ち放せ!大気なくとも大地あり!」

(引用:天冥の標Ⅲ〈アウレーリア一統〉P67)


小川一水の長編SF小説『天冥の標』のシリーズ第3段『天冥の標Ⅲ〈アウレーリア一統〉』の感想を語っていく。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


前回の感想・考察はコチラ
【『天冥の標Ⅱ〈救世群〉の感想・考察』】


目次

感想

サブタイトルの〈アウレーリア一統〉から察せられた通り、『天冥の標Ⅰ』で登場したアクリラ・アウレーリアの先祖たちの話。


呼吸を必要としない電気体質のルーツや、アウレーリアの歴史など今まで語られていなかった興味深いことが目白押しだった。


ⅠとⅡに比べるとガッツリSFで今まで一番読んでてボリュームがあったな。Ⅰが約2800年、Ⅱが約2000年、そして今回のⅢが約2300年の話ということで、飛び飛びの時代に困惑しつつも、過去と未来の繋がりが見えてくると面白くてたまらない。


主要な登場人物たちが、ⅠとⅡの先祖だったりするので、アウレーリアとセキアの繋がりはここから始まったのか…とか垣間見えてる。とくに500年後の2800年でも繋がりがあるとか感慨深い。


アイザワとクルメーロも未だに一緒にいて、Ⅱの絶望的な状況からなんとか協力してやってきたんだろうとは想像できるけど、冥王斑患者の扱いが冥王斑発生から300年たった今でもあまり変わってなくて、彼女たちの境遇が胸にくる。

──ドロテア

物語の本筋はドロテアを巡る争いと言っていいだろう。Ⅰにサラッとでてきたこのドロテア。大きな宇宙船くらいのイメージだったけど、実際はとんでもなく物騒な代物だった……。そりゃ500年後の未来でも〈海の一統〉たちに語り継がれるわけだ。


終盤までドロテアを誰が、何のために作ったのか?というのは明かされなくて、次回に持ち越しかなぁと思ってたら、最後の断章でとんでもない事実が明かされて……。スケールが違いすぎる……。人間なんてちっぽけなんだなぁって……。


Ⅰでアクリラが「こんなところにドロテアがあるはずない!」みたいなこといってたけど、ドロテアの本質を知ったらそう思うのも納得。


やっぱりⅠでハーブCで重工兵が作業をしてたのってドロテアが目的としか思えなくなってきた。


ただし、今回でてきたドロテアと、Ⅰでアクリラが発見したドロテアは明らかに別物だと思われるんだよな。

その複雑で禍々しい姿をぼんやりと眺めているうちに、絡みつくパイプ類に隠された、紡錘形の精悍な輪郭を見つけたようにアクリラは思った。
見覚えがあった。屋敷の広間を圧していたタペストリー。《海の一統》の全員が全歴史を通じて目にしてきた伝説の旗艦。厳戒される破砕の箱。

(引用:天冥の標Ⅰ〈上〉P340)


形と大きさがⅢででてきたドロテアと異なる。一部が組み込まれたのかな。


──まだまだ謎は深まるばかりで……

ⅠとⅡでの繋がりは少なったけど、今回のⅢで今までの橋渡しができたようなイメージ。だがしかし解決された謎があれば、深まる謎もあるわけで……。まだまだストーリーがどこに向かっていくのか予想もつかない。


究極的には、ダダーとミスチフの対決に人類が巻き込まれているっていう構図なのかな……。現在でもその節があるけど。

「ミスチフ、失敗した被展開体。オムニフロラと睦んでしまった、ぼくの歓迎できない仲間だ」

(引用:天冥の標Ⅲ P509)

オムニフロラってこれまででてきたっけ……?はじめて見た気が……。


ドロテアを造るのにミスチフが裏で手を引いていたけれど、ミスチフがダダーと同じような被展開体だとすると、ダダーが人を利用してるように、ミスチフも”何か”を利用して、その”何か”がドロテアを造ったってことになるよな……?


──印象に残ったセリフなど

「それが私の境地。救世群の境地。囲まれて奪われて突き落とされて叩かれる。苦しくて、痛くて、息もできないでしょう。どうして自分がこんな目に遭うのかって、呪わしいでしょう。人も神も名にもかも遠ざけたくなるでしょう。──あたながわかるわ、とてもよくわかる。生まれてきた新しい赤ん坊を見るような気持ちよ。ようこそアダムス、愛しいわ。今までで一番あなたを近くに感じる」

(引用:天冥の標Ⅲ P384)

グレアの狂気。なんとなく千茅の影がチラつく。血を引いてるんだなぁって実感する。

「重要よ、知らないことを知るというのはね。それが無意味であればかるほどいい。意味を求めると濁るから。──私はそれが、私たちと海賊をわける点だと思っているわ」

(引用:天冥の標Ⅲ P424)

救世群は、どんな墓を作るのだろう。
はじめ太平洋上の小島にあり、紆余曲折を経て月に追いやられたのが彼らだ。もとの国籍や民族に関係なく、そういった差別を受けてきた彼らのことだから、当然、先祖代々の土地、代々の墓といった概念もないだろう。もっていないがゆえに、ああも恨むのかもしれない。
墓を持てない一族。そういういさ捉え方をすると、ひときわ救世群の悲哀が身に迫るような気がした。

(引用:天冥の標Ⅲ P532-533)

”墓を持てない一族”って形容、グサッてくる。


最後に

断章ではいつも爆弾ぶっこまれて気が休まらない。何はともあれ続編に期待。

【『天冥の標Ⅳ』感想】

  


【オススメ】




『天冥の標Ⅱ〈救世群〉』の感想と考察【小川一水】

小川一水の『天冥の標Ⅱ 救世群』の感想と、疑問・考察について書いた。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


【『天冥の標Ⅰ』の感想はコチラ】

目次

感想

『天冥の標Ⅰ』での未来の話とは打って変わって『天冥の標Ⅱ〈救世群〉』では現代の話。それだけで「おいおい、続きじゃないんか!?カドムたちはどうなったんや!?」ってなった。


けれども、裏表紙のあらすじの「すべての発端を描くシリーズ第2巻」とあるように冥王班について触れられはじめ、Ⅰとの繋がりが見えてくると一気に物語に引き込まれる。


物語に引き込まれたのは、Ⅰとの繋がりがきっかけだけど、そこから先はシンプルにストーリーと展開が面白かった。読んでいてつらい場面もあったが……。


同じ本を読むにしても、読む時期によって受け取る印象が変わるだろうなぁと思わざるを得なかった。というのも感染症について大きく触れられている物語なので、ついつい今のコロナの状況と照らし合わせて読んでしまう。


もしまだコロナが蔓延する前に読んでいたとしたら”フィクションの世界”と割り切って読めていただろうが、コロナ禍の今の状況だと、もし今回のコロナがこれほど殺傷力があったとしたら、阿鼻叫喚の世界に変わってしまっていた可能性も否定できないと思うと、ゾッとした。


圭吾視点からみる医療現場もずいぶん悲惨さが溢れているけど、とくに競技場に感染者が集められるところから、無人島へ送られるところなんて辛すぎるんだよなぁ……。理想論だけでは語れないつらすぎる現実がある。


天冥の標ⅠとⅡの繋がり

1.フィオドール

Ⅰでは、カドムが持っている石造のロボットの名前
Ⅱでは、主要な登場人物の名前であり、そのAIは『フェオドール・ダッシュ』という名前。


そしてⅡの最後では、AIのアバターとして石造のロボットがでてきている。

2.病気

Ⅰでイサリがもたらした病と、Ⅱの病、病名はともに『冥王斑』であり同じである。

3.ダダー

断章で唐突にⅠにでてきたダダーがでてきた。フェオドール・ダッシュを乗っ取ったようだが……これがⅠにでてきたダダーになると思われる。

4.救世群

千茅たちは回復者たちである自分たちの事を『救世群〈プラクティス〉』と名乗り始める。

そしてⅠのラストで

かつて六つの勢力があった。
それらは「医師団〈リエゾン・ドクター〉」「宇宙軍〈リカバラー〉」「恋人〈プロステイユート〉」「亡霊〈ダダー〉」「石工〈メイスン〉」「議会〈スカウト〉」からなり、「救世群〈プラクティス〉」に抗した。

(引用:天冥の標Ⅰ〈下〉P357)

とあるようように、この救世群が着実に力をつけていくであろうことが伺える。


残された謎・今後気になる点

1.コトクトについて

「解剖学的に地球の生物の系統樹から大きく外れたことクトクトの体や、大気圏突入を前提とした卵の構造、それに冥王斑を人類に蔓延させるために調整されたとしか思えない、ゲノム塩基配列などから、これは地球の生き物ではないと考えられます。その意味するところを、私はこう解釈しました。──すなわち、冥王斑とは地球外の何者かが仕掛けた、大げさないたずらだった、と」

(引用:天冥の標Ⅱ P433)

もっともらしい事をいっているが、これを言っているのがフェオドール・ダッシュだから素直に受け取れない。


2.村崩壊の原因

ジョプの村が冥王斑に襲われることになった原因は下記である。

だが、そこで運命が一変した。夫婦がある者にそそのかされ、何かを食べた。そこから悪夢が始まった。

(引用:天冥の標Ⅱ P195-196)

ある者何かは、今回明かされていなかったが、”何か”はコクトク関連だと推測できる。


またジョプが”ある者”と言っているので、ジョプが名前の知らない村の部外者であることが想像できる(この書き方だと村人の誰かという意味で”ある者”をさしている可能性もあるが)。


そうなるとコトクトについて知っていて、かつ閉鎖的なこの村で婚礼の儀に参加できる人物と考えるとだいぶ謎が深まる。


印象に残ったセリフなど

どうということもない、何の意味もない会話。再び自分にそれができたことが、自制を忘れるぐらい嬉しかった。しかも、もっともあり得ないと思っていた相手がそれを持ってきてくれたのだ。
それに自分が飢えていることすら、いつしか忘れ果ててしまっていた。千茅は両手で代わる代わる涙をぬぐいながら、必死になってマイクに手を伸ばした。

(引用:天冥の標Ⅱ P225)

この国に国民は人間に囲まれすぎているいっぽう、アジアの多くの都市よりも恵まれた環境に生きており、外因に害される心配がないので、人間関係以外のものが見えなくなっている。興味があるのは自分とつながりのあるごく狭い世界だけ。──あの圭吾や華奈子のような例外はあるにしても、ほとんどの人が自分の周りに壁を作り、壁の外の事は関係ないと考えている。ただ壁の内側に入られたと感じたときだけ、昨日の施設で目撃したように、猛然と反撃してくるのだ。

(引用:天冥の標Ⅱ P265)

まさに今の日本の状況に近い。

最後に

千茅視点しかり、圭吾視点しかり、相変わらず気になる終わり方なんだよなぁ。ⅠとⅡの繋がりが今後のストーリーでどのような影響をもたらすのか、とても楽しみだ。

【天冥の標Ⅲ〈アウレーリア一統〉の感想】

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『天冥の標Ⅰ 〈メニー・メニー・シープ〉』の感想:革命と忍び寄る絶望【小川一水】



小川一水の『天冥の標Ⅰ〈メニー・メニー・シープ〉』の感想を語る。ネタバレありなので未読の方はご注意を。


目次

感想

著者の作品は以前『第六大陸』を読んだことがあり、それが面白かったので今回読み始めたシリーズ作品『天冥の標』も期待を込めて読み始めた。


読みはじめてビックリしたのは『第六大陸』を書いた人と同じ作者とは思えなかった。もちろんいい意味で。現代に近い舞台設定だった『第六大陸』に対して『天冥の標』は2800年という未来の物語。


時代が違うだけではなく、作風がかなり違う印象。『第六大陸』は王道のハードSFって感じだけど、『天冥の標』はSF要素、電気体質を手にした人間や昆虫兵が登場するファンタジックな要素、政治的なやり取りなど、幅広い要素を詰め込んだ作品となっていた。


勝手にSF作家かと思っていたから、今回の『天冥の標』でSFとは違ったそのギャップにやられた。未来の世界の物語ではあるが、この星では先端文明の技術が失われていて見ることはなかったが、今後技術が失われなかった世界では、どんな世界が広がっているのか気になるところ。


今回の『天冥の標Ⅰ〈メニー・メニー・シープ〉』では、まだまだ序章の序章って感じで、回収されてない伏線どころか、物語もいい所で終わっているので引き続き、次作を読んでいきたい。


──交錯する想い

医師のカドム、海の一統のアクリラ、議員のエランカ…と複数の視点で物語が進んでいくが、どこの視点も面白かった。


アクリラ視点で進む、メニー・メニー・シープの外へと向かう冒険が希望と絶望の隣合わせの展開がとくに印象的。新天地を求めて希望をもっていたはずが、仲間が次々と死んでしまっていき、カヨと二人で地上より400キロの地下に閉じ込められて……。


さらにその新天地の場所も謎に包まれすぎてて今後の鍵になりそう。


最初と最後で180度印象が変わったのがユレイン。彼もきちんとした正義を背負っていたんだなぁって。下巻の中盤でスピーチの最中に涙を流すシーンなどがあり、彼はいったい何を抱えているのだろう?と疑問を持って、段々と思いつめていく彼に同情してしまった。


ただ自分が助かりたいだけの敵かと思ってたから、真相を知ったときはなんとも言えない想いになった。



──弱者の反撃

ストーリー全体を通して、困難を乗り越えての『弱者の反撃』。これが印象的だった。


強大な権力を保有するユレインに対する植民地の民達の反撃、これが大きな流れの弱者の反撃だが、そこに至るまでの個々の活躍もまたしびれる。


人間を殺すことが禁忌のはずなのに、ラバーズのベンクトは大事なモノを守るためにそれを犯した。石工〈メイスン〉たちはリリーを主導に怒りを覚えて人間への抵抗をしたり…と、今まで不当な支配を受けていた側の者たちが困難を乗り越えていく様子があつい。


彼らの活躍が個々の小さな流れを作り、それらが集まって全体を動かす大きな流れとなって革命を起こしているようだった。


──残された謎

『天冥の標Ⅰ』を読んで気になった謎や伏線などを簡単にまとめた。

1.イサリについて

・他のフェロシアンは、ユレインによって抑えられていたのに何故イサリだけ逃げ出すことができたのか?

2.メニー・メニー・シープの外の新天地

アクリラたちが辿り着いたメニー・メニー・シープの外の世界は謎ばかり。

・人の20倍ほどの大きさがあるとされる重工兵が巨大すぎる濠と壁を作っていたが、目的は明らかになっていない。

深さ百メートル以上ありそうな深い谷──いや、濠だ。U字型の地溝が左右にどこまでも伸びている。その先はほこりっぽい空気の中に消えており、果てもみえない。
向こう岸までの距離は一キロ以上もありそうで、岸の上に最も驚くべきものがあった。垂直に立ち上がる高い壁だ。濠に沿って左右へ長く伸びており、これもどこまでも続いているのか見当もつかない。
その壁の高さは濠の底から二百メートルにも達しているようだった。

(引用:天冥の標Ⅰ 〈上〉 P317)


・植民地の人を逃さないための壁、敵から守るための壁などの考察は物語の中でされていた。
・アクリラが四百キロの地下で『ドロテア』と呼ばれる巨大戦艦を目撃する。
・なぜ、地下深くに埋まっているのか?
・重工兵が掘っているのは、ドロアテが目的か?
・ユレインですら重工兵の工事の目的はわからない。

3.地球からの訪問者

・ルッツとキャスランという人物が地球から植民地へ、救援要請を出してほしい。と登場。(〈下〉P160)その後地球についての話題はでていない。

4.アクリラの生死

・深淵へ落下して……(〈下〉P324)とあるが決定的な死ではない(?)。というか死んでないと思いたい。

5.ハーブC

・この星は本当にハーブCなのか?

「私にも分からないねえ。私は理詰めで考えただけだよ。ハーブCにはドロアテは落ちていない。ドロテアはこの地に埋まっている。だから、ここはハーブCではない。ただの三段論法だ。その間にどれだけ条件が狭まるのやら」

(引用:天冥の標Ⅰ 〈下〉P71)


6.羊飼い

・ラバーズのオーロラがエランカに「羊飼いを味方にするといい」と助言をしたが、その伏線は回収されていない。

7.ダダー

・〈上〉P82では”偽薬売りに『ダダー』のルビがついていた。
・物語の要所要所で「ダダーめ」など不思議な使われ方をしてる。ノルルスカイン曰く、ただの驚きの間投詞とのことだが。
・昔は実在する者を指す言葉だった。シェパード号を墜落させた人だとも、シェパード号の人々を守ったとも言われる、奇妙な人物──あるいは機械(〈上〉P238)
・ノルルスカインがダダーと呼ばれる。
・ダダーはシェパード号の制御人格である。(〈下〉P313)

8.カドムが地下通路で聞いた謎の音

・この音について下記以降触れられていない。

一万歩を過ぎると、どこからか不気味な低い音が伝わってきた。どぅん……どぅん……という、巨大な太鼓のようにも落雷のようにも聞こえる音だ。間隔は長く、一定ではなかった。
「あれはなんだ?」
カドムは訊いたが、イサリは答えなかった。その音は十回ほど聞こえて、途絶えた。

(引用:天冥の標Ⅰ〈下〉P137)


最後に

物語の終わり方が予想外すぎたなぁ……。絶望感しかない。これは……続きを読まざるを得ない……!

【天冥の標Ⅱ〈救世群〉の感想】


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